穴あけパンチのNocturne

1/13
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
胸に火をつける熱いビートに体の芯にまで響く重低音、そして魂を最高潮にまで昂らせるオーディエンスの歓声と自由なダンス。 砂漠の夜の寒空の下、帰路に着いた深夜の家の前は空気まで凍てついたかのような静けさだったが、身体の奥ではそんなホットなフロアの残り香が未だ響き続けている。 玄関の扉に近付いたその時、カツ……と靴越しの爪先になにか硬い物が当たる感触がした。石よりもっと硬い、これは自然物ではないと直感的に理解した私は、何が落ちているのかと足元を見た。 「ひえぇえ!?」 私の足に当たったそれが何かを理解した時は既に情けない声を漏らしながら飛び上がっていた。 まるでボム兵でも蹴ってしまったかのような反応をとってしまったが、足元に落ちているのは何のことは無い、ただの黄色い穴あけパンチだ。しかし私にとってはどちらかと言えば蹴ってしまったそれがボム兵だった方がまだ良かったとさえ思えてしまう。 にわかには信じ難い話かもしれないが、私はこの穴あけパンチによって遺跡の奥底に閉じ込められていた。 今でこそ机の片隅にでも置いておける標準的なサイズをしているが、今の大きさよりも、あの大魔王クッパよりもずっと大きな姿をしていたそれは、私達キノピオの身体の一部を奪い取るには十分で、しかもこの穴あけパンチが奪い取る体の一部に選んでいたのは顔、巨大な穴あけパンチが次々と我々キノピオ達の顔を奪い取っていくのだ。 周りはまさに阿鼻叫喚、叫ばぬ者などは誰もいないという中で、穴あけパンチの刃が降りるガシャンという装置的な音を境にその声の一つがピタリと途切れる。きっとこの瞬間を超える恐怖があるとしたらそれはもはやこの世の終わりぐらいだろう、と信じたい。 同じキノピオ達が命乞いの”い”の字を口にするより先に次々と顔を奪われて行く中、穴あけパンチの軌道が私に向いた。 その時の私は何を口走ったのかを記憶する事が出来なかったが、恐らく自分の天職であると信じて疑わないDJ関係の何かを口走ったのだろうと思う。すると何の因果かこの穴あけパンチ、どうやら踊る事が大好きなようで、私は穴を開けられない代わりにDJとしてあれのお眼鏡にかなう音楽を掛けるよう迫られた。 それは決して救いではない。仲間は皆顔を奪われ言葉を話す事もできない、この恐怖を共有し励まし合えるような仲間はもちろん、その恐怖が如何程の物か語る者も、私だけが顔を奪われなかった事に対して何を思うか語る者もいない。 しかもこの状況を作り出した穴あけパンチの音楽のこだわりは並大抵ではなく、子供だましの曲ではすぐさま私も顔に穴を開けられかねない。更に悪いことに、よりによって別で保管していた仕事でも人気を博すベストヒットナンバーは先の騒ぎでいつの間にか紛失していたという始末。 マリオさんとオリビアさんに助けて貰うまでの間、もしかしてあの時黙って顔に穴を空けられていた方が良かったのではないかと何度か頭を過ぎったことさえあった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!