生きたければ馬鹿になれ

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 相手を騙すなんて簡単だ。  馬鹿のふりをすればいい。そうすれば疑われずに騙すことができる。  こんなふざけたデスゲームですら、俺は生き残れる。そう、馬鹿になることで。  狭く、薄暗い部屋に閉じ込められた俺と向かいの男。鼠の棲家にしても劣悪な環境だった。  その上、二人とも手錠で壁に繋がれ、条件を満たさなければここから出ることはできない。部屋の真ん中に小さな机。その上には二つの白い錠剤があり、どちらかが毒でどちらかがビタミン剤だ、と古臭いスピーカーが説明していた。 「くそ、錠剤を飲んだ上にどちらかが死ななければここから出られない。それなのに一つは毒だって・・・・・・どうすればいいんだよ」  俺が馬鹿を演じながら言う。すると男は机に近づいてじっと錠剤を見つめ始めた。 「見た目に違いはない・・・・・・こんなのギャンブルじゃないか」  男は絶望したのか机に額をぶつけて停止する。鈍い音が響き、しばらくすると男は俺に視線を送る。  馬鹿だな、これは二分の一のギャンブルではない。条件は『二つの錠剤を飲みなくした上で相手が死んでいること』だ。そこには必勝法が存在する。  だが、今の俺は馬鹿だ。弱者を演じなければならない。 「毒なんて飲みたくねぇよ・・・・・・死にたくない、死にたくないんだ。でも運に任せるしかないのか・・・・・・」  俺は言いながら男の表情を確認した。  どうやら男はこのデスゲームをまだギャンブルだと認識しているらしく、怯えたような顔で錠剤と俺の顔を見比べている。  何も気づいていない男の顔だ。   「そもそも何なんだよ、このゲーム。わけわかんねぇよ」  頭を抱えた男が言う。  意味なんて考えても無駄だろう。まずは状況を受け入れることだ。こういうものだと理解して考えなければならない。  もう遅いがな。  俺は錠剤を眺めてから男に話しかける。 「なぁ、俺が選んでいいか? アンタ、まだ決めてないんだろ? 頼む、俺に選ばせてくれ」 「だ、だめに決まってるだろ。俺から選ぶ!」  馬鹿な俺が先手を取ろうとすると、計算通りに男は自分から選ぶと言い、錠剤に手を伸ばす。  臆病者は何も言わなければ行動できないくせに、死を目の前にすれば冷静さを欠いて動き始めるのだ。  男は手を左右に悩ませた後、錠剤を一つ取る。その後で俺は追いかけるようにもう一つの錠剤を手に取った。 「くそ、こっちかよ」  そんな演技をしながら俺は錠剤を飲むこむ、ふりをする。  男は俺に騙され、薬を口に含んだ。  互いに睨み合う男と俺。そして俺は静かにその時を待つ。 「うぐっ!」  突然、男が自分の喉を押さえ体を痙攣させた。そっちだったか、と俺はほくそ笑む。  どうやら男は毒を引いたらしい。 「はっ、馬鹿だな! 俺は錠剤を飲んでないぜ。飲んだふりをしただけだ」  勝ちを確信した俺が叫ぶと、男はそのまま地面に倒れ込んだ。もう俺の言葉も聞こえていないだろう。それでも俺は言葉を続けた。 「お前が毒を飲んで死ねば、俺の錠剤はビタミン剤だ。お前が死ななければ、俺の持っているのが毒。死んだふりをして背後からお前を襲って毒を飲ませればいい。これがこのゲームの必勝法だ」  言いながら俺は隠し持っていた錠剤を飲み込む。  これはビタミン剤。これで俺は解放される。生きてここから出られるんだ。  思わず溢れる笑みを我慢せずに男を見下ろす。相手を騙し、勝ち、生き残った高揚感が体を駆け巡った。快楽を感じさせる脳内物質でも出ているのだろうか、うまく息ができないような気がする。  それが気のせいではない、と気づいたのは足元にいた男が起き上がってからだった。 「お、お前・・・・・・どうして」  肺に残っていた酸素で何とか言葉を吐き出すと、男は先ほどの俺のような笑みを浮かべる。 「お前の魂胆はわかっていたよ。だから俺は悩むふりをして机に頭をぶつけて隠し、舌先でどちらが毒かを判別した。舌を噛んで血を止め、舌先を錠剤につけて痺れた方が毒だからな。そしてお前の策にかかったように、ビタミン剤を選ぶ。もちろん、お前が錠剤を飲んでいなかったことにも気づいていたよ。俺が死ねばそちらの錠剤を飲み、俺が生きていれば死んだふりをして背後から襲うこともな。だから俺は死んだふりをしてお前が自ら毒を飲むのを待ったんだよ」  高らかに語る男。  もう俺は体に力が入らずその場に倒れ込んだ。頭から倒れたのだが、痛みすら感じない。遠のく意識の中で、何とか話を聞いている状態だった。  そんな俺に男は背を向けてこう吐き捨てる。 「相手を騙すなんて簡単だ。馬鹿のふりをすればいい」
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