七話

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七話

「……強欲のマルズーク」 全身返り血にまみれて跪き、脱力した体を支え起こし、剣を差し替えます。 為すべきを為した貴方は、玲瓏と月光が注ぐ閨に坐し、捧げ持った生首に接吻しました。 閨に駆け付けた侍女が悲鳴を上げ、衛兵たちが馳せ参じます。貴方は王の首と魔剣を抱え、窓枠を蹴り、空へと逃げました。 ……ふゥ、なんてこった。僕ともあろうものが、まさか偽物を掴まされるなんてね。 偽物じゃない?王の死体が持ってた方が本物?はッ、物は言いようですねえ。 僕が欲しかったのは正真正銘の魔剣。百人の乙女を炉にくべ、九百九十九人の乙女の血を吸いなお錆びない、強欲のマルズークですよ。 どっこい、かっぱらってきたのは無銘のシャムシール。こんな馬鹿げた顛末ってあります? まあね、言い分はわかりますよ。貴方にとっちゃ此処に展示されてる方が……若き日の友の手垢がしみた、シャムシールの方が本物なんでしょうよ。 いい加減認めておしまいなさい。貴方が愛した強欲のマルズークはもういない。 あの後。 都を去った貴方は何か月も空を飛び続け、数十年ぶりにマルズークの故郷を踏みました。 再生した大地を。 マルズークが生まれ育った集落跡にはオアシスが湧き、草木が茂り、小鳥が囀っていました。清冽に澄んだ泉には獣たちが集まり、冷たい水で喉を潤しています。 あの日貴方が注いだ水が、オアシスを生み出したのです。 それが証拠に泉のほとりには七個、粗末な石の墓標がたたずんでいました。 貴方は一番小さい墓標の横を掘り、しゃれこうべを穴に安置し、至極丁寧な手付きで砂をかけました。 簡単な埋葬を終えた後、狂王の妄執が生んだ魔剣を砂に突き立て、灼熱の太陽輝く天へ隻腕を捧げます。 雨乞いの儀。 「ごらん。手向ける花が尽きないね」 雫が一粒、地面に黒点を穿ちます。ポツポツ、さらに続いて。 貴方が召喚した雨は泉の鏡面に波紋を広げ、美しく咲き誇る花々を濃く濡らし、銀月の墓標を伝います。 廻る、廻る、廻る。 世界を従え、廻る。 点から線となり降り注ぐ雫を受け、白き舞い手のイルファーンが嘗ての友を葬送します。 片方の耳たぶはちぎれたままあえて癒さず、水を含んで纏い付く薄衣を翻し、笑顔さえ浮かべて舞い踊り、上手く均衡をとれず躓き、倒れ、剣の墓標へ這いずり、刃で身が傷付くのも厭わず抱き締めて。 「やっぱり。間違ってなかった」 マルズーク、君は。 君たちは。 「人間は愚かで、素敵だ」 ……話はおしまいです。 精霊に寿命はありません。少なくとも肉体の上では。しかし心は?その精神はどうでしょうか。 驚異の部屋に招かれたということは、ね、イルファーンさん。貴方はきっと死んでるんですよ。 貴方を此処へ呼んだのは強欲のマルズーク。そして今、貴方が手に持っているのも強欲のマルズーク。 一体どちらが本物なんでしょうね。解釈は人それぞれでしょうか。 僕は驚異の部屋の学芸員、あの世とこの世のはざまの番人。胸に秘めた願いがあれば言ってごらんなさいな、ちょっとした代価と引き換えに叶えてさしあげますよ。 ふふっ、そうこなくっちゃ。しかと承りました。 さ、剣をください。本物と偽物、真贋対にしてきちんとお預かりしますよ。 強欲のマルズークは地獄にいます。 貴方も其処に。 ねえイルファーンさん、地獄にも砂漠はあるんでしょうか。花は咲くんでしょうか。 よく知ってるくせにって……これから貴方が行く地獄が、僕が知ってる地獄と同じとは限らないでしょ? けどまあ、貴方が決めたことならとやかく言いません。 白き舞い手のおみ足が踏むならば、地獄にも恵みの雨が降り、花が咲くかもしれませんもんね。 では、王様によろしく。
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