嘉仁沢君

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 「実は私ね、二組の嘉仁沢君が好きなの」  吉川さんは僕に向かってそう言った。  僕が吉川さんに一年にわたって温めた恋心を告白し、交際を申し込み、それに対してオッケーの回答を貰い、大喜びした五分後の事だ。 「え? どういうこと?」  僕は好きな女子の前で失礼なことと知りつつ、耳の穴を小指でほじってもう一度聞き返した。嘉仁沢ってどんなやつだったっけ? 「だから、私は二組の嘉仁沢君が好きなの」 「え、でも今、付き合ってくれるって……」 「うん、お付き合いはするよ。だって、嘉仁沢君には彼女いるし、別れそうもないみたいだから」 「いやでも……え? 僕のことは好きじゃないってこと?」 「そんなことないよ。君の事は好き。それに、君が私のこと好きなのも知ってた。だからきっと、愛してくれるでしょ? 私も君の事好きだから、ちゃんとお付き合いできるよ。ただ、二組の嘉仁沢君のほうが好きって言うだけ」  吉川さんは「何言ってんだてめぇ」と言いたくなるようなことを「君は何を言っているの?」と言う表情で淡々と語ってくれた。あまりに当たり前のように話すので、一瞬僕がおかしいのかと思ったほどだ。 「え、でも嘉仁沢のほうが好きなのに僕と付き合うの、変じゃない?」 「そうかな? でも、みんなそうだよ。嘉仁沢君と付き合ってる子以外はみんな嘉仁沢君のほうが好きだけど、今の相手と付き合ってる。女子の間で流行ってるんだよね、嘉仁沢君」 「それ、男子はみんな知ってるの?」 「知らない子もいるんじゃないかな。私は、君の事好きだからちゃんと言っておきたかったの」 「へえ……ありがと」 「ううん。これからよろしくね」  吉川さんはそう言って、僕の腕に自分の腕をすっと絡めてくっついてきた。  細くて白い腕。そして、肘に感じる吉川さんのボディの柔らかさ。  これに勝てるほどのプライドを僕は持ち合わせていなかった。 「こ……こちらこそ、よろしく」  こうして、僕はずっと恋していた吉川さんと付き合うことができた。
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