キスをしたら、ちゃんと起きますか? ☆

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キスをしたら、ちゃんと起きますか? ☆

 リリアンナは月の離宮に自由に出入りし、内部も好きに歩いていい事になっている。  朝の支度をする使用人たちに挨拶をしながら廊下を歩き、彼女が向かったのはディアルトの寝所だ。  まだカーテンが閉じられた寝所は薄暗い。  夜間燃やされていた蝋燭は燃え尽きていて、ほんのりと燃え残りの匂いがする。 「殿下、おはようございます」 「……うん」  天蓋の帳の外から声をかけると、頼りない声が聞こえた。 「……まったく」  腰に手をやり溜め息をつくと、リリアンナは大股に窓辺に寄り、カーテンを開けた。  サッと朝の日差しが部屋に入り込み、精緻な模様が描かれた絨毯に四角い光を落とす。  その後リリアンナは、容赦せず天蓋の帳も開けてしまった。  金糸の入った青い帳が開かれ、やんごとなき王子の寝姿が露わになる。  最近は夏が近づいているので、ディアルトは肌掛け一枚で寝ている。  おかげで羽布団の時よりも、彼の体の輪郭が分かりやすい。  それを見て一瞬劣情に似た感情を持つも、リリアンナは気を引き締めてディアルトを起こしにかかった。 「殿下、起きてください」  ユサユサとディアルトを揺すると、彼が「うーん」と唸りながら寝返りを打つ。 (ああ、もう! 自分で起きられない殿下ったら、手がかかって可愛いんだから)  そう思っていることは、絶対に内緒だ。 「殿下」 「……リリアンナ。……キスしてくれたら、起きる」  裸の腕がヌッと出てきて、リリアンナの手首を掴んだ。 「っ……」  グイッと引っ張られ、リリアンナはシーツの上に手をついた。 「……殿下」  サラリとリリアンナのポニーテールが背中から落ち、毛先がシーツの上に触れる。  ディアルトはベッドで髪を乱し、鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒してこちらを見上げている。  その過剰なまでの色気に、リリアンナは鉄仮面のような無表情で抵抗した。 (駄目よ。駄目。ここで殿下の色気に負けて、情けない反応を見せられない) 「殿下、ご起床のお時間です」 「……キス」  まだどこか寝ぼけた声で言うディアルトが可愛くて、リリアンナは内心悶絶していた。 (キス!! とか! 無理! です! 可愛い!)  一方ディアルトは、トロンと目を細めたまま彼女の反応を窺っている。 (もおお……。そんな顔してずるいです。殿下。もおお……)  内心頭を抱えて懊悩したリリアンナだが、その口から出た声音は冷静なものだ。 「……キスをしたら、ちゃんと起きますか?」 「約束するよ」  クスッと小さく笑った声がし、手が伸びてリリアンナを求める。 「……仕方、ない。……ですね」  ほんのり頬が染まってしまいそうなのを、リリアンナは俯いて前髪でごまかした。  怒ったような顔でディアルトを見下ろせば、彼はキスの予感を抱いて目を閉じている。 (本当に……、仕方がないんだから)  内心悪態をつきながらも、リリアンナはこのシチュエーションを喜んでいた。  ディアルトの睫毛は黒く、密度が高い上に長く生えている。  上等な筆先のようなそれを鑑賞した後、リリアンナはディアルトの唇にキスをした。 「……ん」  後頭部に手が回され、グッと押さえられる。 「!」  そのまま抱き込まれると、さすがのリリアンナもバランスを崩してしまった。  鎧を着けたままの体が、ドサッとディアルトの体の上に倒れ込む。  体勢を立て直す間もなく、ディアルトが逆にリリアンナを仰向けにした。 (嘘! 鎧も着ているから重たいですから! 殿下っ!) 「っあ……、でん――」  抵抗しようとすると、両手を掴まれ容易く片手でまとめられる。  すぐに唇が訪れて、何度もリリアンナの唇を愛してきた。  ――柔らかくて、気持ちいい。  マシュマロのような唇の感触に加え、ディアルトからは石鹸の香りがする。  フワフワとした心地に、リリアンナは混乱して抵抗するタイミングを失ってしまった。  通常の彼女なら、あり得ない失態だ。  やげてディアルトの舌がチロリとリリアンナの唇の内側を探ってきた。 (!)  腰のあたりがゾクッとし、リリアンナはとっさにディアルトから距離を取ろうとする。  しかし彼によって組み敷かれ、騎士であるリリアンナの力でもっても抗えない。  ――いや、本気で抵抗しようとすれば、リリアンナはディアルトの急所を蹴ってでもこの状況から脱する事ができただろう。  しかしリリアンナの中にもディアルトを想う気持ちがあるからこそ、結局逆らえずにいた。 「ふ……、ん、……ぁ、あぁ」  クチュ……と舌で口内が掻き混ぜられ、息継ぎの合間にリリアンナの唇から艶冶な声が漏れる。  リリアンナの胸元は銀色の胸当てで守られているが、太腿は膝上のペチコートがあるのみで無防備だ。  そこにスッとディアルトの手が入り込み、ねっとりとリリアンナの太腿を撫で回してきた。 「ん……っ、ン」  ゾクゾクと体を震わせたリリアンナは、とっさに両手でディアルトの肩を押してしまった。 「……は……」  ディアルトがキスを終え、リリアンナを見つめたままペロリと自身の唇を舐める。  やっと解放された頃には、リリアンナは顔を真っ赤にさせクタリと脱力していた。 「さて、約束通り起きないと」  ディアルトの寝姿は、トラウザーズを穿いているものの半裸だ。  ムクリと起き上がった彼は見事な上半身を晒し、リリアンナはまた劣情に苛まれて彼を見る。 (本当に目の毒だわ……。いい匂いがするし、鍛えた体も寝起きの顔も色っぽいし……。ああ、もう! こんな呆けていたら、護衛としてのお勤めを果たせないわ) 「ああ、いい目覚めだ」  黒髪をかき上げて笑うディアルトに、リリアンナはむっつりと怒って返事する。 「……昨日から殿下はどうかされています」  ゆっくり起き上がったリリアンナは、太腿が剥き出しになり乱れているスカートを直した。  もしかしたら彼に下着を見られてしまったかもしれないという羞恥を、持ち前の無表情でやり過ごす。 「もう自分の心に嘘をつかないと決めたんだ。欲しいものは欲しいと言う。いいと思わないか?」  先にベッドから下りて伸びをするディアルトから、ポキポキと小さな音がする。  しなやかな筋肉は美しい動物を思わせ、朝日を浴びる半裸は軍神像のようだ。
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