魔法使いの定義

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人の弱みって、何よりも強いんだ。 何という気付きだろうか。 そう思ったらもう何だか心の中から湧き上がる高揚感に口角が持ち上がってしまう。 だって、現にこうして万引き犯は自分に謙っているのだ。 自分の弱みを見られ、握られたと思い、今まで不遜な態度で振る舞っていたと言うのに、見下していた影尾に頭を下げている。 「いいよ、別に誰かに言いたい訳じゃないし」 だからこそ、笑顔で対応してやりたい。 一転して期待に満ちた顔で自分を見てくるクラスメイトにもう一度送る笑顔は心から。 「俺の機嫌を損なわせないなら、って話だけど」 ーーーーと、言う事で、だ。 そこから影尾少年の動きは素早かった。 人の弱みなんて何処にでもあったりする。 例えばだが、テストの点数がとてもじゃないが人に言えたもんじゃない、だとか、落とし物をこっそりと自分の物にしたりだとか、他人の置き傘を我が物顔で使用したり、ちょっと特殊な相手になると放課後に好きな相手の席であろう場所に座ってニマニマしたり、だとか。 リコーダーを舐めるだとかのプレイで無くて良かったとこっそり思ったのは誰にも言わないでおこう。いくら人の弱みを見つける為だと言ってもカウンターでトラウマものになりそうな行為はキツイ。 と、まぁ、小学生故に大人が聞けば愛らしい事だらけだがそれが対子供ならば話しは違う。 どんな小さい事でも羞恥になったり、知られたくないと思ってりするものなのだ。 小さくではあるが、確実に積もっていく他人の弱み。 (そうだ、証拠とか、あった方がいいよな) 影尾がデジカメを持ち歩くようになったのもこの頃からだ。 知らぬ存ぜぬで言い通されたら流石にこちらが分が悪いと要らぬ知恵を回した影尾が次に必要としたのは態度だろう。 人の弱みを持っていたとしてもオドオドしていれば舐められる。今までのように背中を丸めて泣き出しそうな顔をしていては誰も何も怯んだりはしないかもしれない。 少し余裕のあるような、笑顔がいいかもしれない。 ポーカーフェイスと言う言葉を知ったのもこの頃かもしれない。出来るだけ感情が外に出ないように、此方の隙を見せないように。 あと大事なのは追い込み過ぎない事。 あまりに調子に乗ってやり過ぎると相手が逆上してしまうかもしれない。 火カスの如くなドラマから得た知識だが馬鹿にはならない。 (よしよし…っ) そんな涙ぐましいような、そうでもないような日々を送る事、三ヶ月。 学校では影尾に対する嫌がらせする者が居なくなった。 物も無くなる事も無くなった。 それとは引き換えに近寄ってくる人間も居なくなった訳だが、影尾本人は至って満足感を得る事となった。 嫌がらせされない学校生活、最高じゃないか。 大体話しかけられたって母親の事か、あの義父の事での嫌味、不倫相手の子供の影尾、なんてミドルネームのような要らぬ前置きがされるのだから。 ちょっと弱みを握っただけで、先生に言うから、だとか、親にチクるだとか、おまけついでに証拠を見せれば簡単に相手は引き下がる。 もっと早く知っておけば良かった、なんて思うものの、そんな涼しい顔をした中身と言えば、あの内向的なままの影尾。 (あぁ…今日も無事一日が終わる…っ) そう、人の弱みを握って脅したい訳じゃないのだ。そんな趣味を育てたい訳でも無い。 ただ平穏な学校生活を送りたいだけ。 出来れば嫌がらせなんてしないで欲しい、自分が嫌ならば放っておいて欲しい、それだけなのだ。 魔法の使える力を手に入れられたような気分だ。 結局自分を守れる事が出来るのは自分だけ。 親や先生はあまりに期待出来ない。 魔法の杖を手に入れた訳では無い。他力本願でなく、自身の力。 青い猫型ロボットに頼るだけの眼鏡とは違う。 若干歪んでしまった思考と我流の処世術を手に入れた影尾の鼻息は荒いものだ。 そして、中学生になると母と義父の勧めにより、と言うよりも半ば強制的に寮のある学校へと入学させられた。 その思考の先にあるのが連れ子が邪魔で有り、母親にとっても我が子との時間よりも伴侶である男を選んだと言う事実が見え隠れしていたものの、そんなもの今更だと鼻を鳴らす影尾は矢張り何か捻じ曲げられてしまったのかもしれない。 (別にいいけどさぁ) 何故なら此処でも処世術を発揮して生きていく事が出来る為だ。 寮付のある学校、そこは所謂ちょっと金のある小金持ちから成金金持ち、由緒正しい家柄の金持ちと言った風に癖の強い学校の為。 尚且つ此処を卒業出来れば箔が付くと言う嘘か真か分からぬ曰く迄ある。 そんな学校に入れられたのは勿論だが親の意向が強い。故に、その世界で問題を起こし公になれば退学になる事だってあり、そうなってしまえば親の面子と言うものを弾んで蹴ってドリブルからのある意味のゴールを決めてしまう事になるのだ。 だから表向きはイイ子で過ごす輩が多いこの学校で弱みを握ると言うのは非常に効果的でもある。 尤も、一部それが効かない人間が居る事も把握はした。 どうなってもいいと開き直っているタイプや優秀過ぎて学校側が手放したくないと思う人間だ。 入学前と入学後、合わせて一か月程。 色々と嗅ぎまわった結果、影尾が得た情報は中々のモノ。 いや、よくよく考えたらこんな人の弱み等握らずとも平和に暮らしていけたらいいというのが一番の願いだったりする。昔の知り合いもクラスメイトも居ない新世界。 もしかしたら友達が出来るなら、なんて淡い期待を抱かない訳も無い。
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