闇が囲う家

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闇が囲う家

 何故自身を覆う圧迫をこの家に来た時から感じるのか、並行して覚える初めて足を踏み入れた場所での緊張や無言に耐えるうち、三次舞衣子(みつぎまいこ)は悟った。  黒いのだ。四方が。上空や部屋の端を縦横断してそびえる強固な柱、のみならずその背後に控える壁さえもことごとくに。  煤けた、手入れの怠りを表す貧相さではなく、経年の、この邸に鎮座する(あるじ)のような威厳を、明度が妙に抑えがちと思える照明のなかでも、艶光りした反射を持ってしらしめているような黒なのだ。  都内の区出身とはいえ、低所得者向け賃貸住宅で育った舞衣子は、寝ぼけた黄白(クリーム)色の壁面しか知らず、却って歴然とした違和に、直ぐには気づくことが出来なかった。  四方の黒のみではない。目の前に座する、今日初めて会った一族、と呼べるような風貌の集体にも、舞衣子の過ぎた緊迫は時間が経つにつれ増していく。  示し合わせたように、こちらも黒の、螺鈿細工が施された漆塗りのテーブルが前方へ伸びて行き、下座を挟むように二人の小人のような老婆が、笑みを絶やさず控えている。  白練(しろねり)の髪をうなじの後ろで(まろ)くまとめ、皺の内で菩薩のように緩まった唇、折り曲げられた紺鼠のスラックス姿はまったくの相似で左右対称をなし、右は木槿(むくげ)、左は柳茶色の、胸元に唐草模様を浮かべたニットカーディガンのみが唯一の異を示した。  木槿を纏った老婆の手前には、十代半ばから後半と思える、詰め襟の学生服を纏った少年が正座し、いかにも旧家の子息らしい端正な面立ちだが、人に不安を与えるほどの蒼白で、さらに正面を見据えるその眼は瞳孔が開かれているのではと危ぶまれるほどを凝視しており、舞衣子へまだ一度も視線をくれていなかった。  反対にその少年の真向かいでは、就学前後の童女が、市松人形のように際まで揃えられた前髪の下の、瞳を爛々とわななかせ、白菊や牡丹の描かれた袂が肘に潰されるのも頓着なく、呂色の着物の襟から生えた首を精一杯伸ばし、何の思慮も遠慮もなく舞衣子を見入っているものだから、その視線が少しでも逸らされることを誘導するように、舞衣子は先程からずっと俯いてばかりいる。  その上、何処からか断続的に病身らしい、湿潤に喘いだ(しわぶき)が聞こえてきて、気が安まる兆候がまるで見えてこない。
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