第6章 モブ令嬢はその恋を貫く

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「大船に乗ったつもりでいてください!」 「あ、ありがとう。でも、どうして?」 「どうしてって、アルフレッド様と踊るのでしょう? お兄様も戻ってきたって聞いたし、これであんたも自由に恋愛ができるわけじゃない」  そう言って笑うベロニカは、まだ少し悔しそうだった。けれどその表情は清々しく、もう前を向いて歩いているかのようにも見える。 「……ありがとう、ベロニカ」 「ふんっ。ほら、行くわよマリリン」 「はい! 学園でお待ちしていますね、ティナさん」  それから一週間ほど経って、傷口の抜糸が終わった頃にようやっと私は退院することができた。でも、心配性のお母様が私を屋敷から出してくれなくて、再び学園に戻ることができたのは事件から2週間以上経過した時だった。 「……ふうっ」  校門で馬車から降りて、私は荷物を抱えたまま学園に向かっていった。まずは寮に行って荷物を置いて、制服を着替える。これから職員室に向かう予定だから、ちゃんと制服を着ているか鏡の前で確認してから、私は校舎に向かった。他の生徒は授業中だから、廊下は私の足音が大きく響くくらい静まり返っていて――。 「あ! シモンズさん!」  その静けさは教室から聞こえてきた大声によってかき消されてしまった。先生が制止する声も聞かず、教室からドドッと同級生が溢れ出してきた。その中には、ベロニカやマリリンの姿もある。二人は出遅れてしまったみたいで、遠くの方でピョンピョンとジャンプしている。 「シモンズさん、大丈夫だった?」  真っ先に私を心配したのはリリアだった。私は「うん」と返すと、リリアは申し訳なさそうに眉を下げた。 「ごめんなさい、私がもっとイヴの事を見ていたらこんな事には」  そう言えば、一番近くにいたリリアもイヴの本性に気づくことはなかった。彼女はそれをすごく後悔しているみたいだった。 「ううん、誰が悪いとか、そういうんじゃないから大丈夫だよ。悪いのは全部、イヴとその一味だけ」 「……うん。イヴ、除籍処分だって」  捕まってしまったのだから、この学園も在籍させるわけにはいかない。それは最も適切な処分に違いない。けれど、仲が良かった友達がいなくなってしまったリリアは少し寂しそうにも見えた。 「全く、こんなに学校を休むなんて一体どういうつもり?」 「ご、ごめんなさい……」  ようやっと人の波を掻き分けたベロニカとマリリンが近づいてきた。ベロニカは少し疲れてしまったのか、息が上がっている。 「授業のノート、ティナさんの分も取っておきましたから」 「私も協力してやったんだからね!」 「ふふ、ありがとう」  三人で話している内に、先生が強引に他の同級生を教室に押し戻していっていた。私たちも教室に入る様に促される。二人に続こうとしたとき、私は誰かに腕を掴まれた。 「セオドア?」 「ちょっといいか?」  私は頷き、先生にバレないようにこっそりセオドアについて教室を離れていく。向かったのは裏庭だった。 「……それで、祝賀パーティーの事なんだけど」  セオドアは少し大きく息を吸い込み、壊れ物を差し出すようにそっと呟いた。私はその言葉に首を横に振る。 「ごめんなさい。私、セオドアと一緒に踊れない」 「そっか。なんだかんだ言って、丸く収まったんだな」 「うん。アルフレッドのおかげで、お兄様も戻ってきたの」 「あぁ、知ってる。良かったな」  お兄様の事はもうセオドアの耳に入って来ていたみたいだった。きっとベロニカたちが周りに広めていたに違いない。 「……私、もう少し自分の気持ちに正直に生きるわ」 「あぁ、そうした方がいい。でも、これから大変だな」 「ん? どういうこと?」  私が首を傾げると、セオドアは「気づいてないのか?」と呆れ、大きく息を吐く。 「だって、卒業祝賀パーティーで皇太子殿下と踊るってことは、将来のお妃さまってことだろ?」 「あ……っ」 「今気づくなよ、まったく。これじゃ先が思いやられるよ」  セオドアはいつもみたいな満面の笑みで笑った。私も釣られて笑みをこぼす。 「何か悩みが出来たらいつでも相談に乗るよ。……あ、でも、あんまりこの国にはいないかもしれないから、気軽にってわけじゃないけど。俺、旅に出るんだ」 「そうなんだ」 「おい、もっと驚けよ」  セオドアが卒業したらどうなるのかもよく知っているから、今更驚きなんてない。けれど、彼はそれが不満そうだった。 「兄さんに勧められたんだ。もっと世界に目を向けてみたらどうだって。だから、俺は悠々自適で気ままな一人旅に出ることにしたんだよ。もう幼馴染の事で心配する必要もなさそうだしな」  そう話すセオドアの表情はいつも以上にさっぱりとしているように見えた。 「そうだ、殿下なら図書室にいるみたいだぜ」 「え?」 「今日は何だかそわそわしているように見えたけど……もしかして、お前が学園に戻ってくるって知ってたのかな? とにかく、今日は教室では見てない。誰かが図書室でさぼってるのを見たってさ」 「ありがとう、行ってみる」  私はセオドアと別れ、図書室に向かう。本当なら先に職員室に寄る予定だったのに、教室に戻らなきゃいけないのに、私の心はもうそちらに飛んでしまっている。私は急いで、できるだけ静かに廊下を進んだ。 「……アルフレッド?!」  図書館についた私は、声を潜めて彼を探した。本棚をくまなく覗き込み、小説の棚でようやっと彼を見つける。 「やっと来たか」 「やっとって……こんな所にいるなんて、誰かに聞かなきゃわからないわ」 「それもそうだな。ティナ、話がある。大事な話だ」  私の背筋は自然と伸びていく。彼が口を開こうとしたとき、遠くから「ゴホン」という咳払いが聞こえてきた。 「きっと司書の先生だわ」  少し大きな声で話をし過ぎてしまったかしら? それとも、こんな所にいないで教室に戻るよう促しているのか。私が戸惑っていると、アルフレッドは「場所を移そう」と私の手を取った。私はその手をぎゅっと握り返すと、アルフレッドは振り返って笑みを見せた。それはとても幸せそうな笑い方で、私の胸もきゅんと弾む。  私は導かれるまま、天文台の階段を昇っていた。 「ここなら誰も来ないだろう」  アルフレッドは窓を開けていくので、私もそれに続いた。埃っぽかった室内は新鮮な空気と入れ替わっていく。
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