第1章

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第1章

 僕の名は、岸田 (あゆむ)。ついこの間、中学生になったばかりの13歳だ。  そんな僕が、親にも友達にも内緒で【ある計画】を決行しようとしていた。それは、一度も会ったことがない叔父さんに会いに行くこと!  僕はいま、K市の中心市街地に そびえ立つマンションを見上げている。家からバスで30分。それほど遠くない この場所に彼は住んでいて、そのリッチな雰囲気漂うエントランスに気圧されながら「よし、入るぞ!!」と気合を入れていた。  その人の名は岸田 怜と言った。母さんより3つ年下の43歳。薬剤師をしていると、以前聞いたことがある。  僕が生まれる前、親と大喧嘩して家を出たきり戻らず、お祖父ちゃんが生きている間は名前を口にすることさえ許されなかった。  だけど、母さんが内緒で連絡を取っていたことを知っている。3年前お祖父ちゃんが危篤になった時も、伯母さん達(長女の遥おばさんと二女の円おばさん)と、死に目に会えるよう電話で説得していた。だけど、叔父さんは来なくて通夜にも葬式にも姿を見せなかった。  そんな叔父さんに なぜ僕が会いたいと思うようになったかって? それは…… 「れい…… れい…… 」  1年前から痴呆と身体の自由が利かなくなったお祖母ちゃんが、僕の顔を見るたび こう呼ぶようになった。かなり症状が進んでいたから仕方ないんだけれど、目の中に入れても痛くない程可愛がっていた僕を違う人間に間違うなんて心外だ…… そう思っていたら、母さんから諭された。 「あなたを見ると14年前に出ていった叔父さんを思い出すのよ。だから、否定しないで受け止めてあげて」 「そんなに僕と似ているの?」 「似ているようで似ていない……」  いったいどっちなんだ? と喉まで出かかった言葉を呑み込むと、僕の手を握ったまま寝てしまった お祖母ちゃんの顔を見つめた。まなじりから一筋の涙が零れている。  そういえば、この前も僕の手を握りしめながら、皺だらけの顔をグチャグチャにして泣いていた。 「やっと帰って来てくれたんね。よかった、よかった…… あの世に行く前に謝らなきゃならないと思ってた。あなたを酷い目に合わせて御免ね。お父さんも死ぬ間際に言い残して逝ったんよ。『怜には すまないことをした』って……」  最近、老人ホームからの帰る道すがら、僕らの会話は叔父さん話題が多くなった。 「どうして勘当されたの? なにか悪いことでもしたの?」  いつ聞いても はぐらかされる質問を今日も懲りずにしたら、「お祖父ちゃんとは何かにつけてソリがあわなかったからねえ……」と、相変わらず誤魔化された。  ちぇっ、と心の中で舌打ちしつつ、僕は諦めなかった。 「勘当されるなんて、よっぽど酷いことをしたんだね」 「……」 「警察の世話にでもなったのかな?」 「……」 「ぜんぜん働かなかったとか」 「……」 「ものすごい借金を背負ったとか」 「……」 「ねえ、母さん!」 「もういいじゃない」そう言って、母さんは黙り込む。絶対口には出せない秘密があるんだ――― この時、僕は確信した。 「でも、お祖父ちゃんは三年前に死んじゃったんだから、母さんが連絡をとって お祖母ちゃんと逢わせたらいいじゃん」 「何度もやってるけど拒否されるの。『俺はもう岸田の人間じゃない。今更合わせる顔がない』と言って。お祖母ちゃんの痴呆が進んでホームに入所する時にも連絡したけど駄目だった。遥姉さんと円姉さんに説得してもらったけど『うん』と言わない。もう、お手上げなのよ」  こう寂しげに言う母さんの横顔を見つめていたら、名案が浮かんだ。 「僕が話してみようか?『お祖母ちゃんが逢いたがっているから是非来て下さい』って。甥っ子に頼まれたら『うん』って言うかもよ」 「そんな…… 」 「やってみようよ。電話番号を教えて? 今から かけてみる」 「駄目よ、子どもを使うなんて余計気を悪くするわ」 「じゃあ どうすればいいの? 他にどんな方法があるって言うんだよ」  すっかり黙り込んでしまった母さんを尻目に、僕は この時決意していた。 ――― こっそり叔父さんに会いに行ってみよう   母さんの携帯に叔父さんの住所が登録されているのは知っていたから、ネットで調べて押しかけるのはたやすいことだ。  決行は、ゴールデンウィークの初日。  そして、僕はこうして彼の自宅マンションの前に立っている。 「叔父さんが『逢う』って言ってくれるまで粘るんだ、歩!!」  そう気合を入れると、僕は瀟洒なエントランスの中へと入って行った。
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