9.別れ

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『朋花さんのことで、ご両親とやり合ったんですって?』  瑤子さんが私の名前を口にし、私は足を止めた。 「うちの母からおばさんに連絡がいったか」 『うん。私と食事してるときに、電話が。おばさま、はっきり言ったそうよ。おばさまもおじさまも、朋花さんとの結婚は絶対に認めないって』  息をのんだ。反対されたんだ。 「……」 『ねえ、蒼。私からも忠告』 「――ききたくない」 『ききなさい。あなたはいずれ望月建設を継ぐ。もっとふさわしい結婚相手を選ばなくては。小沢さんはいい子だと思うけど、それだけ。これまで周りにいなかったタイプだから、珍しくて夢中になっているだけでしょう。それに、渡米を目前に控えた時期に焦って結婚しなくても。蒼、心細いの? あなたらしくもない。夢が冷めたら、二人とも苦しむ。蒼の気まぐれのせいで朋花さんの運命を狂わせるの?』  私の運命。  蒼さんはしばらく黙ったままで、私は、今度こそ寝室に戻ろうと思った。だがその時。 「瑤子、いい加減にしろ。朋花は特別だ。日本に置いて行くなんてできない。それに俺は、政略結婚はお断りだ」 『なぜそんな甘いことを言うの? もっと家業のことを考えたら?』 「好きで望月の家に生まれたんじゃない」 『子どもみたいなこと、言わないの。わかっているでしょう? 蒼には望月建設の歴史と未来、そして従業員に対する責任がある。あなたはとても優秀だけど、社長業は一筋縄ではいかない。あなたのお父さんは現場で培った経験とカリスマ性があって大成功したけど、弁護士であるあなたが継いだ後にどうなるかは、未知数。ゼネコン業界は再編成が進んでいるから、最大手クラスに買収される危険性もある。けれど政財界の有力者の娘と結婚しておけば、強力な後ろ盾を手に入れることになる。あなたが選ぶべき伴侶はそういう女性。誰もが納得する相手。たとえば私』  蒼さんは笑った。 「なんだよ、それ。瑤子、『蒼とは付き合えない、友達だから』っていつも言ってたくせに」 『だから例えばって言ったでしょ』  伊吹さんはすぐに言い返したが、私にはなぜか、伊吹さんの気持ちが手に取るようにわかった。  彼女は蒼さんのことがずっと好きで、でも素直になれず、友達としてずっとそばにいたんだ。
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