拗らせ雨と遅れた自覚

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 高校生の頃に出会った薫の瑠依への印象は、所謂ダウナーで気だるげだった。雨の日に初めて出会った空き教室へ行くと、必ず瑠依が机で臥せっている。頭が痛い時と薬が効いて元気な時があって、瑠依が元気な時はお互いの話をした。薫は自分とは真逆の、落ち着いたタイプの瑠依との距離感を気に入っていた。 「へぇ、瑠依は一人っ子か〜 なんか、ぽい!」 「そうか? そういうお前は末っ子な感じがする」 「おお、当たり〜 上に二人、姉ぇちゃんがいるよ」  こんな具合で他愛ない会話をする。初めは薫も瑠依が周りに居ないタイプの人間で、距離感に戸惑ったが、話してみれば本当に気の合う人物だった。薫は自身の人生の中で、家族を除いて瑠依と過ごした時間が、一番楽しいと心から思っている。それは贔屓目無しの本音であり、自分の人生に最も刺激と変化をもたらす存在なのだ。そんな変化を与えてくれる親友は、今まさにその関係すら変えようとしていた。  課題を消化していた薫の元へ突然やってきた瑠依は、唐突に告白をして安定したこの友情に静かに待ったをかけてきた。薫は瑠依の悲し気で切なげな瞳を見て、驚きつつも納得してしまった。ときに向けられる熱い視線はやはりそういう事だったのか、そう思ったのだ。 「分からん、もうわけわからん」  大学の中庭のベンチで、脳内キャパを超えた出来事にやけになる。呟いた言葉は思ったよりも大きく、思わず周りを見回した。昨日からずっとこの調子の為、午前中の講義も全く耳に入って来ないのだ。  誰かに相談でもすべきか……? そんな事を思ったからか、突然誰かに名前を呼ばれた。薫が声がした方向に振り向けば、そこには心配そうに眉をひそめた綾香が立っていた。 「先輩、どうされました?」 「あー、綾香ちゃん、お疲れ様。ちょっとね」  瑠依の顔が浮かび、何となく話を濁した。しかし薫の隣に静かに腰を下ろした綾香を見て、これは言わないといけないのかと、少し頭を悩ませる。 「私で良ければ力になりますよ?」 薫は心の中で、やっぱそうだよなぁ、と小さくため息をついて話す心を決める。 「あー、そう……知り合いの話なんだけど! ずっと親友で大事にしてたやつから、泣きそうな――いや、ほぼ諦めてるような顔で告白されたら、どう返せばいいのかなって……?」 「そ、それって」 「あー! 知り合いね! 知り合いの話!」  しどろもどろになりながら話す薫に、綾香は目線を漂わせて答えを探している。綾香なりに何か思う事はあるのだろうが、薫の言うことなので無理やり納得して、考えを巡らせる。 「そのお知り合いの方は、告白の答えは出ているけど、それを伝えたら関係がこじれてしまうから伝えにくい……とかですか?」 「うぅ、多分、そう? いや、分かんない……」  綾香の言葉から逃げるように、中庭から見える渡り廊下に視線を向けた。すると丁度、瑠依が渡り廊下を歩いているのが見える。柔らかい白緑(びゃくろく)色で大きめの、前が開いたシャツジャケットに黒いインナーとパンツを合わせた服装。ラフだが瑠依の持っているクールな印象を邪魔しない、瑠依らしい服装だと薫は思った。 「答えが分からない……か、好きだけど、それがどの種類の好きか分からない、なのかなぁ」 「そうですか……その方も辛いですね」 「辛い?」 「好きか嫌いかなんてのは置いておいて、本当はずっと傍にいて欲しいんじゃないですか? その方も」 「え……」 「あれ、違うんですかね?」  首を傾げてみせる綾香。薫は先程まで瑠依が歩いていた、渡り廊下を見つめる。湿っぱくなってしまったのを感じ取ったのか、綾香がパチンと手を叩いた。 「先輩! あの明日でしたよね? 」 「ん? ああ! ご飯ね! 何処にする?」 「私、友人に聞いてから、行ってみたい所があって」  行きたい場所を嬉しそうな顔で提案してくる綾香に、薫は何処か複雑な気持ちになった。自分と居てくれて、こうして相談にも乗ってくれる。何となく綾香は自分が好きなんだろうなと思う。本来は嬉しい筈だ。薫だって男だ。可愛らしい女の子に、分かり易いくらいの好意を寄せてもらっているのだから。じゃあどうして今、頭の中に浮かんでくるのは瑠依の切なそうな顔なのだろう。  親友に好きだと告白された、ショックに似た驚きに、未だ引き摺られているからなのか。それとも単純に、すぐに答えを出せない罪悪感からなのか。薫の中で煩いくらいに、悩みがぐるぐるとしている。  恋愛には正解が無いからこそタチが悪い。     ☆   ☆   ☆  翌日、綾香との待ち合わせ場所に着いた薫は、寝不足気味だった。一度考える事を止めるという選択肢をとる頃には、深夜に差し掛かっており結果寝不足気味というわけだ。二、三分待つと駅の方面から綾香が歩いてくる。気合いが入っていると分かり易い女の子らしいワンピースに、髪型すらいつもより豪華になっている。薫はいつもと違う所を観察して、気が付いた所を褒めてみる。  薫は綾香の顔を赤らめて喜ぶ姿に、何処か一歩離れた気持ちで笑った。綾香のさり気ない可愛らしさは、客観的に見ても愛らしいが、薫には響いていない。いや、そんな余裕がない。  それでも食事前に寄った、アロマキャンドルやお香の専門店では、それなりに楽しんだ。元々の目的である食事も、問題なく楽しめた。けれど薫はずっと浮かない顔をしていて、それに気が付いた綾香はじわじわと焦りを増していた。綾香にとっては勝負のデートで、いつ告白をしようかずっと様子を伺っていたのだ。けれど楽しそうな顔はしても、自分(綾香)を意識した視線は送ってこない。そんな事に気もまわらない薫は、綾香の要望で割り勘となった会計を済ませた。
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