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 今回の帰省は、そんな電話での報告が一気に具体的になったものだった。  すでに彼女の両親にも二人で挨拶をすませ、結婚の了解も得ているという。頼りない母親には任せられないのだろうが、息子らしい行動とも思えた。  正子がせがむと、恥ずかしそうに写真を見せてくれた。息子の隣に並んでいるのは穏やかな雰囲気の女性で、リラックスした息子の笑顔は正子に見せるものとは違っていた。次回は一緒に帰るからと言われて、絶対だよと頷いた。  婚姻届の証人欄に、一文字ずつ丁寧に自分の名前を記していく。 「名前は親から子どもへの最初のプレゼントである」  名付け本に書かれていた冒頭の言葉が脳裏に浮かんだ。正子と付けられた名前が、その息子を幸せにするために使われている、そんな気がした。  正子が付けた名前が息子にとってどんな贈り物だったかはわからない。そして彼が選んだひとに胸を張って言える言葉もない。それならば、と正子は、自分が持っているバトンを渡してしまおうと考える。彼のことを思った30年間で付いてしまった手垢など、跡形もないほど磨きあげて。この先の人生で、彼を一番に思うのは貴方なのだからという気持ちを込めて。  それが、自分にできる最後の贈り物だから。  
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