1・失意の花

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1・失意の花

 開け放たれた窓から、やさしい風と共に楽の音が聞こえてくる。方角からして、袁紹(えんしょう)の息子、袁煕(えんき)の奥方が奏でる音だろう。  伸びやかな旋律は心を和ませてくれるものだったが、今の春麗(しゅんれい)には何となく虚しくも感じられた。 「はあ……。こんなはずでは無かったのに」  穏やかな昼下がりの中、春麗は椅子にもたれながら溜め息をついた。  ここは冀州(きしゅう)のギョウという地にある袁紹の邸。袁紹は名族と名高い袁家の当主で、あの董卓(とうたく)討伐の際に盟主に挙げられた人物である。  討伐軍が解散した後はこの冀州を拠点として動き、河北(かほく)を手中に治めようと考えていた。だが、かねてより折り合いの悪かった同族の袁術(えんじゅつ)と険悪になり、各地の諸将を巻き込みながらの覇権争いが続いていた。  その袁術も、皇帝を名乗った挙げ句に寿春(じゅしゅん)の地で敗れ、今狙うは北の幽州(ゆうしゅう)を治める公孫瓉(こうそんさん)。この公孫瓉を破れば河北一帯は袁紹の支配下となる。  だが、公孫瓉の軍には白馬だけで編成された弓馬兵部隊『白馬義従(はくばぎじゅう)』があり、なかなかに精強だということだ。  名家の袁紹が募兵していると知った春麗は、これを機に仕官した。だが、旗下に加わるどころか、今こうして館で(くすぶ)っている有り様だった。 「母上に、何て言ったらいいかしら?」  頴川(えいせん)の村に残してきた母を想い、春麗はまた一つ溜め息をついた。
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