プロローグ

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プロローグ

   町が燃えている。  私の町が……。あそこには私のお父さまやお母さまがいる。  驚くほど眩しくて顔が熱い。  弱い者が強い者に搾取されることは知っていた。  知っているだけで、こんなふうに地べたに叩きつけられる事だとは……思わなかった。  理不尽は急にやってきて、誰にも止められない勢いで嵐を起こす。  一瞬ですべてを無に帰してしまう。  弱い私達は、ただただ逃げ惑うことしか出来ない。  誰もが自分の事だけで精一杯で、大切な人を守れやしない無力さを味わった。  私達は隣町に出掛けていて、帰り着いた町はすでに火の海だった。  そのまま故郷に帰る事なく逃げ出した。  私はおばあさまの首に血がにじむ程、爪をたててしがみついていた。おばあさまは片手で私をしっかりと抱きかかえて走る。  遠ざかっていく地獄の業火と焦げた匂い。濃い煙。遠くの悲鳴。  乾いた目に焼きついた。  一瞬で私の世界は崩れ去り、平和だった日常は突如ねじ伏せられ終わる。  何の準備も出来ず、お別れの挨拶すら出来ないまま……もう二度と会えない。  すべては燃え、思い出は記憶の中にだけ。  記憶だけしか持てずに、今――。  ジクジクと膿んだような泣き声が聞こえる。  私はおばあさまを見た。  おばあさまは鬼のような形相だったが、泣いてはいなかった。  私はおばあさまの反対側の手の先をのぞき込んだ。  そこにはアンナがいた。おばあさまの手に巻きついて縋りながら走っている。そうだった、一緒に出掛けていたんだった。  いつもはつり上がった勝気な大きな目が腫れあがって糸の様な目になっている。  私より年上で元気いっぱいなアンナ。泣いた顔など一度も見た事なかったのに、声を押し殺して泣いている。  ……泣かないで。  アンナが泣くと私まで悲しくなっちゃう。  燃えている。あの町にはアンナの家族もいた。 「……アンナぁ」  私は手を伸ばした。届きはしなかったけどアンナは抱えられている私を見た。 「……ミ、ラ」  小さい小さい声で私の名前を呼んでくれた気がした。燃える町から一層大きい火柱が立ち上り、凄まじい音がしてかき消された。  アンナがこんな風に泣くなんて……。  悲しい顔は見たくない。私の知っているアンナは輝く太陽のようにいつも笑顔だったから。  ――だから私は強く。  私が、強く。冷静な魔女にならなくては……絶対に。
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