ハンバーグ

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 雪乃とは、大学時代に勤めていたバイト先で出会った。雪乃を一目見た時、笑顔が可愛い人だ、と思ったことを今でも覚えている。つまり、卓也は一目ぼれをしたのだ。同い年だったこともあり、二人はすぐに打ち解けることが出来た。仲良くなってみると、雪乃はとても明るくて、きらきらしていて、卓也は更に雪乃に対する想いが強くなっていった。そして出会って三か月程経った、ある夏の日、卓也は人生最大の勇気を振り絞って雪乃に告白した。で、見事に玉砕した。  正直、ものすごくショックだったし、情けなかった。でも、卓也は諦めなかった。雪乃だけは逃してはいけない。そう思ったのだ。そして、告白しては断られるというのを何回も繰り返し、十五回目の告白で、二人の恋はようやく実った。それからは順調に進み、卒業、就職を経て、二十七歳になる年に二人は結婚した。 (結婚するまでは楽しかったんだけどな……) 冷めたせいでぱさぱさしているオムライスを食べながら、卓也は思う。あの頃は、ただ一緒にいるだけで満たされた気持ちになったものだ。でも、結婚してからはそうはいかなくなった。家事の分担をどうするかで揉め、お互いの生活習慣の違いに苛立つ日々。恋をするのは簡単でも、一緒に暮らすのは難しいということを、卓也は初めて実感した。  小さな衝突が絶えない生活を送っていたせいで、二人の関係はぎこちないものになってしまった。何だか息苦しい生活だと思ったけれど、今思えば、その頃はまだマシだったのだ。実際、近頃はお互いに慣れ始めて、少しずつ喧嘩が減ってもきていた。  でも、ある日突然、卓也に対する雪乃の態度が一変した。 三カ月前のことだ。雪乃の妊娠が発覚したのだ。それを喜ぶ間もなく、雪乃は卓也にあれこれと言うようになった。 「脱いだ靴は揃えてよ」 「脱いだ服はちゃんと洗濯籠に入れてよ」 「勝手に無駄遣いしないで」 「ゲームをやる暇があるなら、掃除機くらいかけて」  今までだったら放っておかれたようなことまで、口うるさく指摘されて、卓也は家で過ごす時間に疲れていった。そして、卓也が不貞腐れていると、雪乃は決まってこう言うのだ。 ――ねぇ、卓也も親になるんだよ。  自分に至らないところがあることはわかっている。だけど卓也は、自分がどうすれば良いのかがよくわからない。この前だって、出勤前にゴミ出しに行ったのに、「ゴミを出すだけで、そんな得意げにならないで」と怒られた。どうして、家事を手伝っているのに怒られなければならないのだろう? それがわからなくて、卓也のやる気はどんどん萎えていった。  オムライスを食べ終わり、しばらく待っても雪乃は寝室から出てこない。卓也は溜息を吐いた。ちょっと、強情過ぎはしないか? 卓也には、もう待つ気力がない。最近、仕事が忙しくて疲れているのだ。明日も朝が早い。諦めてさっさと寝よう。きっと明日になれば、雪乃の怒りも収まる。  卓也は食べ終わった食器をシンクに置くと、シャワーを浴びて、一人ソファで眠ってしまった。
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