最後のニンゲン

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最後のニンゲン

雅麗姫と妃花はサーカス小屋で目覚めた。スピリト動物園という朽ちた看板。雰囲気と悪臭に二人は閉口した。 戒厳令の昼間にまとめ買いを済ませようと女子寮を出た瞬間に襲われた。 密室に響く野声。妃花は受付を見つけたが個人情報を理由に説明を拒まれた。 「あれは獣なの?」 十字の印が付いた檻で人面が蠢いている。 不意に鉄扉が閉ざされストロボが光った。悲鳴に発砲音が続く。雅麗姫は看護師を捩じ上げ、床に転がした。 妃花はスカートをめくって一号拳銃をホルスターから外し、ブルマのポケットから装弾クリップを取り出す。リロードしている間にも爆発音が響いた。妃花は黒ずくめの侵入者たちに担がれ、フロアの奥へと向かっていた。そこで、右腕をグイっと引っ張られ、背後には身長150センチほどの小女が現れた。彼女は怪力を発揮し、妃花を守るために戦っていることを明かした。そして、妃花が小女に抱き着こうとしたが、彼女は仏頂面だ。妃花は「あれは反知性主義者のテロリストよ!」と叫び、小女は味方を表明した。そして、鋭い風が掠め、流れ弾が飛んできた。妃花が黒服を突き飛ばし「ここはどこなの?」と尋ねた。妃花は「あなた達が座して死ぬ場所」と答えたが女はお礼と称して妃花に口づけした。 黒い影がさした。まばゆい光に意識を奪われた。 ●珍獣「モモゲオン伯爵」の展示獣舎 三人の女たちは、モモゲオン伯爵の展示獣舎で罠にはまり弄ばれる恐怖を覚えた。雅麗姫と妃花はこの状況に悩んでいた。目の下に墨を塗った謎の少女はテロリスト。では真犯人がいるのか。 雅麗姫が「反知性主義者?」と訊ねると、少女は「見くびらないで。あなた達より強力に知性主義者の間違いを訴える」と答えた。妃花は休戦と協力を申し出たが、雅麗姫は冷静に「私たちは非力な民間人よ」と応えた。 しかし、少女は仲間の救出に手伝えば真実が分かると説得。妃花も微力ながら役立ちたいと同意した、雅麗姫は「人間の限界を自覚している。それを知性で補い世界を明るくしようと努力している」と答えた。 だが少女は「人間は信用ならない。思い上がりの皮を被った勘違い猛獣だ。だから本能のまま奔放に生きる」と言った。 同時にモモゲオン伯爵の顔が脱皮した。 ●珍獣「マルメテロン女傑」の展示 武装した千手観音に襲撃された。武器を奪い倒しても倒しても援軍が来る。 雅麗姫は淡々と眉間を打ち抜き最小コストで倒す。 「テロリストも人よ。命を粗末にしないで!」 小娘が叫んだ。 「こっちの台詞よ」 妃花は雅麗姫に尋ねる。「どうするの、これ?」 「どうにかしないと」と雅麗姫が答える。 きりがない。 その時、小娘が被弾した。 妃花が悲鳴を上げ、女がどんどん青ざめていく。 その時だった。 「ぴろぴろろーん」 ステータスウィンドウが開いた。 《力が欲しいか?》 モモゲオンはくしゃくがあらわれた! 「どうやらお困りのようですね」 マルメテロンじょけつがわいた! だんじょふたりのヒーローがなかまにくわわった!おににかなぼうだ!! 女傑と伯爵らしき二人が駆けつけた。眼光ひとつで少女を蘇生した。 「何なのこの人たち?あなたも」と妃花。 「あの人たちは、たぶん、みんな珍種なんだと思います」 「え? なんで?」 「きっと、ここにいる動物たちと同じなんです」 言い残して少女は溶けた。 ●珍獣「モモンデライオン」の展示場 階段の踊り場から丸窓ごしに巨大なスタジアムが見えた。満席だ。 何かがいる。 「あれが、『モモンデライオン』ですね」 雅麗姫は壇上から睥睨している。黒山の人だかりには、雑多な動物が配置されている。仮面を脱いだ熱狂する仮面たちをよく見ると、彼らは人であった。突然、爆音が鳴り響き、会場中央で爆発が起こったようだ。人々は逃げ惑い、人形のように無表情だった観客たちも動き出した。しかし、そこには巨大なゴリラが現れ、老人が手に持つマイクでショーの開始を宣言した。彼を囲む芸人たちは、音楽に合わせて華麗な踊りを披露し、観客たちは熱狂した。彼らの前に現れた動物たちも巨大だった。象ほどもある巨大な狼は吠え、巨大な大蛇は人々を締め上げた。人々の悲鳴は鳴り止まなかったが、そこに巨大な鷲が舞い降りた。鋭い爪で、人々を細切れにする。夥しい体液だ。人々は固まっている。まるで能面のようだ。やがて、舞台上に二人の男が登場した。一人はタキシードを着た初老の紳士。もう一人はスーツ姿の若い男だ。二人は手にナイフを持っている。彼らは次々と人を刺していった。ある者は心臓を一突きされ、またある者は首を切られていた。老紳士は笑いながら人々を切り刻んでいった。若いほうの男も笑っていた。その顔は返り血で真っ赤だ。老人は持っていたステッキを振り上げると、それを男の頭に叩きつけた。男はその場に倒れた。それでも笑っている。周りの観衆たちも大笑いしていた。誰も彼もが狂っていた。その光景を見た雅麗姫は背筋が凍り付いた。 「何なの……、何なのよこれは!?」 ●珍獣「スフィンクス」の展示場 廊下の突き当りは吹き抜けの展示室だった。先ほどの光景を思い出し嗚咽する。 「大丈夫? 顔色が悪いよ」妃花が言った。 「ええ、大丈夫よ……」 そう言いながらも、足がふらつくのを感じた。壁にもたれかかると、そのまま座り込んでしまった。 「どうしたの?」 妃花が心配そうにのぞき込む。 「いえ、何でもないわ……」 言いながら立ち上がろうとするが、足に力が入らない。そこに力強い助っ人があらわれた。 珍獣スフィンクスだ。 「お若いの!下等な人間ごときに負けてはならん」 彼は香箱座りのまま部屋の奥に引っ込んだ。そして背中に巨大な酒樽を載せて帰ってきた。 「うわ。酒くさ」 妃花が鼻をひくつかせた。「スフィンクス大明神様、これは栄養ドリンク【ファラオの我慢汁】ですね?」 「そうだ。雅麗姫。滋養強壮夫婦円満酒池肉林精力絶倫」 「わあ、すごい!」 彼女は目を輝かせている。よほど嬉しいのか頬ずりまでしている。そんな彼女を見ているうちに、雅麗姫の心に勇気が湧いてきた。彼女は立ち上がり、部屋の中を見渡した。部屋の中にはたくさんの珍獣たちが並んでいる。彼らを見ていると気持ちが落ち着いてくるようだった。 「みんな、かわいいわね。さあこの【ファラオの汁】を鼻から牛乳と一気飲みして悪い男どもをやっつけなさい。ガオガオー」 スフィンクスがけしかけた。「キャー」「ウホー」「キャッキャ」「グォオオオ」 珍獣たちが一斉に飛びかかった。たちまちのうちに、戦いが始まった。 「がんばれー」「負けるなー」「いけー」「そこだー!」 女たちは声援を送った。男たちも拳を握りしめ応援した。 乱闘はますます激しくなっていく。殴り合い蹴りあい噛みつきあう両者だったが、そのうちに決着がついた。勝ったのはスフィンクスだった。彼は雄々しく勝利宣言をした。 「フハハハハ!我の勝利なり!!」 ●珍獣「マンモス・ラバーズ」の展示場 雅 雅麗姫は息を吸い込んだ。2匹の猛獣が目の前にいた。1匹は体長10メートル以上の真っ白な象で、もう1匹は高さ3メートル以上の巨大なワニだった。しかし、彼女は隣にいる妃花の存在や、珍獣の優しさによって心を静めることができた。彼女は敵に対する恐怖を感じることなく、むしろ親近感を覚えた。 「助けを求めてる。顔に書いてある」と彼女は悟った。 同時に、彼女は彼らを救うことができるのは自分しかいないということも理解した。 すると象が「汝の敵意を愛でよ」と遺言し霧散した。 ● 自分の姿勢すらも判らぬ闇。 変化に乏しい岩盤は日をさえぎり体内時計を忘れさせ閉塞感が硬直した現実に服従を強いる。不満と不安はまろやかに安定する。 不思議なほど心は穏やかだ。ここは彼の祖国なのだから。迷い込んだ世界の静けさは麻薬のように個を抽象化する。まるで自覚しつつも離脱症状に囚われる依存症患者だ。彼らは居住まいを逃避と呼び正当化する。踏み入れたのではなく堕ちたと言い張り、日常の側道で珍獣園に紛れ込む。 二人が珍獣「ファラオ」の展示コーナーにやってきた。妃花は珍獣を見てはしゃいでいる。 「あら、この象は鼻が長いわね」 「ねえ、あのライオンの口元に注目なさいよ。何か付いてない?」 彼女はスマートフォンで画像検索を始めた。 「あった!」 彼女が見せてくれたのは珍獣の口元の写真だった。他の客たちが彼女たちを見てヒソヒソ話している。彼女は平然としていたが、周囲の視線には鈍感なようだった。 「スマホを知らないガラパゴス民達なの?」と彼女が尋ねると 妃花は「まあ、珍しいものは仕方がないわ。私たち若い人なんて珍獣よ」と笑って答えた。 「大丈夫よ。仮にあなたが珍獣でも敵ではない」と妃花は優しく慰めた。彼女は喜びを感じ、妃花の手を握った。 「雅麗姫の手、温かいです!」と彼女は感激の表情で言った。彼女はスカートのポケットから小さな包みを取り出し、 「昨日作ったクッキーよ」と言った。妃花は驚き、「えっ、本当に?」と尋ねた。「もちろんよ。あなたのために作ったの」と彼女は微笑んだ。 「ありがとうございます」と妃花は礼を言い、クッキーを口に入れた。 「はい、いただきます」と妃花は答え、クッキーを美味しそうに食べた。 サクッとした食感と甘い香りが口の中に広がっていった。 しかし、それもつかの間。強烈な草虫の香りと鼻腔を割り箸で突く様な刺激臭、そしてアンモニアとスカトールが入り混じった吐き気を催す邪悪が口内に充満した。「おげえええ!!」 彼女は盛大に嘔吐した。 「嘘なにこれ?」 驚く雅麗姫。スフィンクスがいきなり問題を出した。 「最初は四本、二本、最後は三本足なーんだ?」 「か、怪物」 妃花が仰け反る。クッキーの包装紙に数字が蠢いている。あるはずのない賞味期限表記。西暦の桁がくるくる回っている。 二人が懐中時計を踏みしだいて走り出す。 ●珍獣「カバ」の展示場 雅麗姫は目を疑った。妃花が神隠しにあったのだ。 捜索に疲れ果て彼女は心の底から平安無事を祈った。 一方、妃花のほうはというと、とある展示場のベンチに座っていた。 彼女の隣には、一頭のカバが座っている。そのカバは全身が茶色の毛で覆われており、頭部には角が生えている。そして、口からは鋭い牙が覗いている。どう見てもただのカバではない。 「こんにちは」妃花は微笑みながら話しかけると、その珍獣は彼女をジロリと睨んだ。「どうしたの、怖い顔しちゃって。せっかくの美人が台無しじゃない」 「うるさい」 その珍獣はぶっきらぼうに答えた。 「ところで、あなたはどうしてこんなところに一人でいるの? 迷子かしら? それとも誰かを待ってるの? それとも……」 「おまえに話すことはない」 その珍獣は妃花の言葉を制した。 「じゃあ、私の質問に答えて。あくまでお願い」 「人間に従うつもりも義務もない。黙って立ち去れ。逆らうと殺す」 「了解」 妃花が立ち上がろうとした時、「おい、待て」 その珍獣が声をかけた。 「去ねっていうたやん」 「お前が従うんだ。やる義務がある」 「やること?」 「そうだ。おまえはここに何をしに来たんだ?」 「何って……私は家族と友達と一緒にこの動物園に来て、それで、たまたまこの展示コーナーに立ち寄っただけよ」 「本当か?」 「嘘だと思うの?」 「いや、別に。だけど、なんとなく気になるんだよな」 「ふうん、そうなんだ。ねえ、ひとつ聞いてもいいかしら? あなたはここで何をしているの? この動物園のスタッフならそのフザケた扮装を解きなさい」 「教えてやってもいいがお前が反知性主義かどうかによる。貴様の身分証明次第では命を落とすことになるぞ。何しろここは愚鈍の城塞なのだからな。今までもお前のような知性至上主義者のスパイが潜り込んできた。貴様らは選民思想に凝り固まった優生主義者だからな!思い上がりもいいかげんにしろ。」 「なるほど、あなたの言い分はよく分かったわ」 「分かってくれたか」 「ええ、よく理解できたわ」 「それは良かった。では、そろそろ仕事に戻るから、この場から去ってくれないだろうか」 「ええ、そうするわ。」 「わかってくれたか」 「ええ、よく分かるわ。」 「それは何よりだ。」 「ええ、良く理解できるわ。バカはただただ餌を貰って寝て起きて発情して子供を産んでるだけでいいものね。」 「何だと!」 「何よ!」 「何が言いたい!」 「何が言いたいのよ!」 「貴様、言って良いことと悪いことがあるだろう!」 「それはこっちのセリフよ!」 「黙れ!」 「あんたこそ!」 「黙れ意識高い系どものスパイめ!死ね」 「何ですって!?」 二人は口論を続けた。するとそこに、二人の男がやって来た。それは、熊沢正夫さんと猪瀬さんだった。 「ちょっと二人共やめないか」熊沢さんが仲裁に入る。「お嬢ちゃん、すまないがおたくの名前は?」 「妃花よ」 「そうかい、よろしく妃花さん」 「はい、こちらこそよろしくお願いします」妃花はにっこり笑うと丁寧に頭を下げた。 彼女は、先ほどの珍獣との出来事を彼らに説明した。すると、彼はこう切り出した。 「なに、そんな難しい話じゃない。一つ聞こうか?知性とは何だ??」 「それは……」 彼女は言葉を失った。 「分からないわ」 「じゃあ逆に聞くが君は何を知っている?」 「そんなの知らないわ」 「はっ?」 妃花さんは目を丸くした。 「そんなこといきなり聞かれても、分かりませんよ」 「そりゃそうか」 熊沢は 「じゃあ、こういうのはどうだい。まずはお話をしよう。」 「お話?」 「そうだ。お話というのはとても大切だよ。例えば会話をする時、我々は相手に『これはどういう意味ですか?』と質問したりしないよね。」 「ええ、そうね」 「それは何故だい?」 「だって、そんなことはいちいち聞き返すことでもないし、面倒くさいじゃないですか」 「なあ、君は動物を見たときに、どんな感情を抱く?」 「楽しいとか嬉しいとか感動するとかですね」 「それが我々が動物を見る時の基本的な感情だよ。つまり我々の認識は動物の表情によって判断されるんだ。だから、人は相手の気持ちを想像することができる。」 「なにがいいたいんです?」 「まあ、もう少し付き合ってくれよ。人間とは実に不思議な生き物なんだ。人間は他者を理解しようと努力するが、しかし同時に他人を簡単に信用できないんだ。なぜならば人は相手のことを自分のことを理解してくれるとは限らないからだ。そうだろう?」 「まあ、そうですね」 「そうだろう。これは非常に重要な問題だ。もしも、相手が自分に好意を持っていることが分かっていたとしても、自分はその相手を好きになれるかどうかわからない。そして、その逆も然りだ。だから、人は相手を知りたいと願う反面、人を恐れているんだ。」 「確かにそうかもしれません」 「しかし、それはお互い様でもある。」 「なにがですか?」 「自分と同じ価値観を持った人間がこの世に存在するわけがないと、そう思っているんじゃないのかね?」 「それは、そうですね」 「だから、私たちは自分が理解できないことが恐ろしいのかもしれない。だから、人々は互いを理解することに恐怖を覚えてしまうのではないだろうか?」 「なるほど」 「ところで、この世は不思議なものでね。みんな同じで、全然違うんだ。そして、それは我々も例外ではない。」 「でも、それは当たり前のことですよ」 「いや、それは大きな間違いだ。たとえば、私は今日は熊沢さんの服装をしていますが実は熊沢ではありません。それは、皆さんもよくご存知のはずです。」 「ええ、よく知っていますよ」 「ありがとうございます。」 「ええ、でも、どうしてこんなところにいるのでしょうか? あなたは、先ほどまで熊沢さんだったはずなのに。」 「いや、簡単な話です。さっきまで私は妃花さんの隣に座っていたでしょう。あれは妃花さんになりきっていたのです。」 「はあ、でもどうして?」 「理由はいろいろありますが、一番の理由は面白いからです」 「はい?」 妃花に化けるほど興味津々らしい。どの点が特別か。全てだという。 「浮世離れした妃花さんは魅力的です」 「ほう」 まるで珍獣あつかいだ。 「それバカにしてるでしょ?」 やりあっていると熊沢の額に矢が刺さった。 「とぴょぉ?」 目を丸くしたまま熊沢が頽れる。 「死んだか!」 振り返るとモモゲオン伯爵が通気口から弓で狙っていた。 「ぐはあっ!」 猪瀬の首がマルメテロン女傑のバスタードソードで刎ねられる。 「ここはもうすぐ爆発するわ。早く逃げましょう。こっちよ」 スフィンクスが脱出口へ案内する。「わかったわ。急いで」 妃花たちは走り出した。 その時、突然、床が揺れ始めた。 「地震?」 「きゃあああああああああああ」 次の瞬間、天井が落ちてきた。轟音と共に、檻が押し潰されていく。やがて、檻は潰れた。 辺り一面に、血と肉片が散らばり、凄惨極まりない光景が広がる。珍獣たちの死体と人間たちの死骸。それはまるで珍獣たちが人間に反旗を翻し、虐殺を行なったようにも見えた。いや、実際に珍獣は反乱を起こしていたのだ。珍獣は、人間を喰らい、珍獣同士で戦いを始めたのである。その結果、動物園は大混乱に陥っていた。 だが、それも一瞬のことですぐに、動物園の職員や警備員たちも人間たちを襲うようになったのだった。彼らは人間の頭を潰して殺していった。職員の死体からは鍵を探り出し、檻にかかった錠を壊した。そして檻から出た珍獣たちを外へと誘導していった。一方、檻に残った人間は、一人またひとりと殺されていきついに全員が死亡した。こうして珍妙な動物と人類の壮絶な争いが始まったのだった。 妃花たちはその混乱に乗じて脱出することに成功した。だが、そのあとを一人の男がつけていることに妃花は気づいていなかった。彼は妃花たちに追いつくと、ナイフで妃花の背中を斬りつけた。妃花は倒れ、男は彼女に馬乗りになると何度もナイフを突き立てた。 男の名は熊沢正夫といった。彼はかつて熊沢として人間を狩っていたのである。 その後、猪瀬と妃花の姿が見えなくなったため彼は捜索をしていたのであった。そして妃花を見つけた熊沢は彼女を殺した。そして、彼女は殺された後、蘇ったのである。それは彼女が人間ではなく、吸血鬼だったからである。 熊沢はしばらくするとその場を立ち去った。 そして彼はこう呟いた。「人も獣ももとをただせば皆血肉。だから血で血を洗うのだ」「だったら妃花の仇を討ってもいいわね」 雅麗姫はスカートをめくって太腿のガンベルトから拳銃を抜いた。そして銀色の銃弾を込めた。 「ここに連れてこられた理由を思い出したわ。潜入捜査よ」 引き金を絞り熊沢の背中を狙う。パン、パン、と弾痕から血がとびだす。 「おま…ワザとか」 男はどさりと斃れる。 「ええ。知性主義者の秘密実験場よ。廃病院で囚われの反知性主義者を魔改造していた。勝手知ったる組織の腐敗を暴くために私は送り込まれたの」 熊沢はうめく。「雅麗姫、お前には知性がないのか? 失敗作(ヴァンパイア)を始末せねば派閥争いどころか人類が滅ぶぞ」 「吸血鬼になって互いに吸いっこしてればいいのよ。最後の一人になるまで。それが進化といえるのならね」 「それは…頽廃だ」 逝くと同時に女傑と男爵が裏切った。キンキンキンと鋭い刃で威嚇する。 妃花が「クッキー有難う」と言い残して剣劇の嵐に飛び込んだ。返り血を浴びて二体はもがき苦しむ。 ⦅何をしてくれたのだ?⦆ 獣の怒号が響いた。 「反知性主義者(あのこ)の遺志を継いだまでよ」 雅麗姫の眼前で珍獣達の屍が人の躯に還元されていく。 「貴様!」 樽を背負ったスフィンクスが駆け込んだ。 「謎々の答え。まだだったわね。正解は猿」 「ふざけるな!人間だろうが」 雅麗姫は失笑した。「いいえ。人間は16本足」 ニュッと節足を生やしてスフィンクスを捕らえる。 「はぁ?」 「256本かしら?」 増えた脚が巨体を抱え込む。「何でもする。命だけは」 スフィンクスが命乞いした。「じゃ、アダムになって!」
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