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周囲の喧騒は変わらないのに、 二人の声のよく通ること。 本当にもう一度並びかねない一人を二人してなだめながら、ちらりと視線を上げてみる。 様子をうかがうつもりが、 横宮さんと真っ向から眼が合った。 思わず固まるうちに、 向こうからふいとそらされる。  「奥の方にも、別の社があるみたいだよ」 その動作に続く言葉が、 にわかに始まった嘆きを止めた。 これまでの警戒心もどこへやらで問いが飛ぶ。 「…どこですか?」 「この先。 向こうはあまり並んでいないみたいだね」 「本当だ……あれならすぐお参りできる……」 「んん? でもあれお稲荷様だよ?」 美沙ちゃんの指摘通り、 喧騒を離れた小振りの鳥居は、 築山を麓から頂へ連なっていた。 白い曇天に、緋色の列が少し眩しい。 去年の春に全国稲荷ネットワーク協会なんて組織と知り合ってから、私も何かとお稲荷様は気になるけれど、確かに学業はすぐ結びつかない。 お隣さんに訊こうとすれば、別の声に先んじられた。 「横宮さんっ、あれ神様違いますよ?」 「そうだけど、学業も通ると思うよ。 お稲荷様は手広く願いを受けているから」 「そうなんだ。よく知ってますね!」 「近所にもあるから、なんとなくね」 手広くって、商売じゃないんだから。 とは思いつつ、 よく知る狐が狐だけに何も言えない。 それになぜか、横宮さんの口調の変化にこのタイミングで気づいてしまった。 距離をとるような丁寧さが、いつの間にか消えている。
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