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プロローグ 崖の上で恋人と
どうしてこうなったのか、私にもまったくわからない。
私、渡辺咲良は今、渓谷の崖の上に立っている。目だけを動かして下を見ると、昨日雨が降ったのだろうか、谷底の川はドウドウという濁流の音が耳元に届くほど、激しく流れていた。
もちろん落ちたら怪我ではすまないだろう。しかし後ろに下がることもできない。今の私はこの国の罪人であり、背中には剣先が向けてあるからだ。
その剣を握っているのは、恋人のカイルだ。ううん。もう「元恋人」といってもいいだろう。どこの世界に恋人に剣を突きつけ崖に追いやり、谷底に落とそうとする人がいるだろうか。
「カイル、早く突き落としなさい。お兄様が隣国から帰ってきたら、うるさいわ」
まるでゴミでも捨ててほしいと言う軽さで、崖から突き落とす指示を出しているのは、アンジェラ王女だ。私からすべてを奪い、過去すらも葬り去ろうとしている。
「アンジェラ王女、馬車に戻ってください。ここにいると危険です!」
「だって、あなたが早く、その女を殺さないから」
王女がカイルの腕に、自分の腕をからませたのだろう。その振動で私の背中にチクリと痛みが走った。
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