311 陣名

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311 陣名

「もしもし…」  耳に馴染む、あの低音の少し掠れる甘い声が耳に届くより先。 「ちょ、俺にヤラセロっ」 「あーっっ」 「何やってんだよ、ちゃんと咥えとけって」  そんなヤローの声が聞こえて、思わず言葉を失ってしまう。   は…はあっっ!? 「ひょ、はって…」  何かを口に含んだようなハルの声に、響との悪夢の電話再びかと頭の中が赤く染まった。  脳内に男のモノを咥えて奉仕するハルの姿が浮かび、一気に血圧が上がったせいか、また息が苦しくなった。 「もしもし?」 「ハル……おまえ…何やって…」  思わず聞いてしまったが、「フェラチオ」とかあっさり答えられたら俺は憤死してたろう。  けど返ってきたのは間抜けな返事で、なんとか命をつなぐことができた。 「…ピザくれて、食ってる」  騒がしいヤロー達の声が遠くなり、咀嚼し、嚥下し終えた雰囲気が伝わってきた。 「家に帰ったんじゃねえのかよ!? どこに居るんだ」  面会時間を過ぎて強面の主任看護師に追い出されるように帰らされたのはもう3時間も前の話で、家に帰ると言っていたのに、どうしてまたフラフラしてるんだ。  やっとハルという凧の糸を手にしたと思ったのに、手にしたその糸まきの先は、どうも凧まで繋がっていないらしい。 「えーと、一階ロビー?」  は。  俺の心内なんてなんも考えねえんだろうな。  間抜けな調子で聞き返してくるから、深い深いため息が漏れた。  まさに、「いや、聞かれても」だ。 「はあ? どこの?」 「ここの」 「ここってどこ……って、ここ!?」 「うん。病院の」 「何で?」 「や。なんか、ちょっと……」 「じゃ、あれからずっと?」 「んー。気がついたらロビーのソファで寝てて、んで目が覚めたら宴会っつか、茶会? 男子会? あ、女子も居るわ」 「とりあえず上がって来い」  「え。でも……」 「3分な」 「はぁ? 無理だろ」 「ダメ。お前のせいでまた血圧上がったから」 「え? いや、だって」 「そんなこと言ってるうちにもう2分55秒…54…53」 「はぁ!? おまえウザいっ!! ちょ、ごめん。俺行くわ。ピザ御馳走さんっ」  言いながら駆けだすハルの気配がして思わず頬が緩む。 「痛てっ、腰打ったっ!!」 「はは。気、つけろよ……45…44…」 「いや、だから、それやめろ、カウント」 「遅れたら罰ゲームな」 「何でっ」  そうだな。  そう。  キスさせろ。   その、俺が惚れた声を紡ぎだす場所に。  俺が穿った穴の開いた、その唇に。  そして。  気付く。 「は。それ罰ゲームかよ」  俺が口づけを乞うのは罰ゲームの域だって事実に、思わず自嘲が漏れた。 「何っ? 自分が言ってんだろ?」 「そうそう罰ゲームね。あれだ…エロ看護師にさ、『カテーテルの様子見るとか言って、人のオトコの股間狙ってんじゃねえよ』って言って?」 「はあ!? オト…何言ってんっ……って、え? なに? マジで?」 「何が?」 「や。股間……看護師がって……」 「思い込みであってくれって話だな。なぁ、エレベーター各階とかで止まってねぇ? ぜひ罰ゲームやってもらいたいんだけど」 「あのなぁ」  とまどう声が愛おしい。     ───好きだ。     そう本音を告げたら。   数分先に開かれるはずのこのドアは一体どうなるだろう。    ハルは、このドアを開けてくれるんだろうか。 
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