最後の日

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 拘置所には何人かの死刑囚がいる。彼らは牢屋の中で、いつ来るかわからない死刑の日に怯えている。だが、中には自分の運命を決めた人もいて、早く死んで自分の人生を清算したいと思っているそうだ。  刑務官が見回っている。死刑囚はその様子をジロジロと見ている。この時間帯に見ているのは、誰かが死刑にされるからだ。自分であってほしくない。どうか来ないでくれ。もっと生きたいのに。 「来ないでくれ来ないでくれ・・・」  と、刑務官が牢屋を開ける音がした。自分の牢屋じゃないと思った人はほっとしている。 「出ろ!」  牢屋から死刑囚が出てきた。牢屋から出てくる死刑囚は抵抗していない。ついにこの時が来たんだと思っている。いよいよ自分は極楽に行くんだ。そして、自らの罪を清算するんだ。覚悟ができているようだ。 「別の人か・・・」  別の死刑囚は牢屋から死刑囚が通り過ぎるのを見ている。死刑囚はしっかりとした足取りだ。まさか、この人が執行されるとは。 「今日はあの人が逝ってしまったか」  死刑囚は刑務官と共に別の部屋に消えていった。死刑囚は知っている。その先で死刑が行われるんだ。もうその死刑囚は帰ってこないんだ。  と、隣にいる老人の死刑囚はため息をついている。何かを考えているようだ。 「もう裁判終わっちまったからなぁ・・・。いつお迎えが来てもおかしくないんだよ」  その老人は、何件もの殺人事件を何人もの共謀者と行った。共謀者の裁判はすでに終わった。老人はすでに死刑が決まっている。いつ来てもおかしくない死刑執行の時。最後の日は、一体いつ来るんだろう。 「悪い事をしてしまったけど、もう償えないんだ。俺は直にお迎えが来るんだ」  老人は覚悟ができている。死刑を執行されて、罪を清算しよう。 「でも、僕は覚悟はできてるさ。自分はこんな事をしたんだから、死んで当然だ」 「覚悟はできてるんだね」 「うん」  と、老人はその隣にいる女性が気になった。彼女の名は浦部千賀子(うらべちかこ)。不倫した夫を殺したことで死刑になった。ここにやってきた時は井川(いかわ)千賀子だったが、ここで勤めている浦部将(うらべまさる)という刑務官と結婚したので、浦部姓になった。 「あの子、結婚したんですね」 「ああ。あの人とだって」  死刑囚はうらやましそうだ。まさか、刑務官と結婚するなんて、信じられないな。だけど、こんな恋もあるんだって、認めなければ。 「まさか刑務官とねぇ」  突然、床が抜ける音がした。死刑囚たちは何なのか知っている。1人の死刑囚の死刑が執行された音だ。死刑囚はあの先で首にロープをくくりつけられる。刑務官の合図で床が抜け、落下する。その反動で首を強く締め付けられ、死ぬという。  その夜、将は仲間と自宅で家飲みしていた。将の家はマンションの1室だ。決して広くない、独身寮のような部屋だ。部屋の中は整っていて、清潔そのものだ。 「明日は千賀子さんの死刑執行だぞ。わかってるな」 「そ、そうなんですか?」  同僚の言葉に、将は驚いた。まさか、千賀子の死刑が明日執行されるとは。執行の事は、当日まで死刑囚にはわからない事になっている。その前に自殺するのを防ぐためだという。 「ああ。残念だったよな。せっかく仲良くできたのに」 「うん」  将は缶ビールを口に含んだ。将は飲む時と飲まない時があるが、今日は飲む。 「でも、人はいつか別れが来るんだよ」 「そ、そうだね。別れを乗り越えて、人は成長していくんだね」  同僚はいい事を言っている。将はその言葉に共感した。別れを通じて、人は成長していく。そして、大人になる。 「でも、辛いな。せっかく一緒になれたのに」 「その気持ち、わかるよ」  将は泣きそうになったが、同僚に慰められた。いろんな人の死刑を執行していて、悪そうに見えるけれど、この時はそう見えない。刑務官も人間だなと思う瞬間だ。  次の日、将は見回りをしている。だが、その見回りはもう1つ意味がある。それは、その途中で千賀子を連れ出し、死刑を執行する部屋に連れていく事だ。やりたくないけど、やらなければならない。  将は千賀子のいる牢屋の前にやって来た。将は少し戸惑っている。したくないけど、それが仕事だ。やらなければ。 「浦部千賀子、出ろ!」  将は戸惑っている。本当はしたくないのに。 「め、面会ですか?」 「いいから出ろ!」  千賀子は戸惑っている。どうして硬い表情なんだろう。面会じゃないんだろうか?  千賀子は将の前を歩いている。左右には多くの刑務官がいる。普通じゃない状況だ。ひょっとして、これから死刑になるんだろうか? 「えっ、なんでみんな集まってるの? まさか、死刑?」  だが、何も言わずに将は進んでいく。その先には扉がある。一体何だろう。  千賀子は前室に連れて行かれた。そこには教誨師がいる。それを見て、千賀子はこれから死刑になるんだとわかった。 「すまない、死刑だ」  将は頭を下げた。もっと一緒にいたかったのに。それが仕事だ。せっかく結婚したのに、自分の手で殺してしまう。何という運命だろう。 「そんな・・・。いよいよなの?」 「うん」  将は前室を離れ、隣の通路に入った。そこにはスイッチがある。5つのスイッチがあるが、本当に床が抜けるのは1つだけだ。自分が殺したというストレスをなくすためだという。だが、給料が上がるのでわかってしまう。本当に意味があるんだろうかと思ってしまう。  将は肩を落とした。本当は押したくない。だけど、逆らえない。  と、そこに千賀子がやって来た。千賀子は手錠をはめられ、目隠しをされた。いよいよ死刑を執行されるんだと思うと、千賀子は焦っている。千賀子の首にロープが付けられた。もうすぐ死刑が執行される。 「合図とともに押せよ」  執行の様子を見ていた刑務官がスイッチの前の5人に指示する。 「わかりました・・・」  刑務官が手を下げた。それと共に将と他の4人の刑務官はボタンを押した。すると、床が抜ける音がする。見えないけれど、将にはそれが何なのかわかっている。床が抜けて死刑囚が首吊りになる瞬間だ。  将は前室にやって来た。縄がピンとぶら下がっている。その縄の先に、千賀子がいるんだ。千賀子はもう動かないんだ。 「心停止確認しました・・・」  その下で声が聞こえた。恐らく、医者が来て、死んだのを確認しに来たんだろう。それを聞いて、将は確信した。千賀子は死んだんだ。せっかく一緒になったのに。  後日、1人の女が遺灰を取りにやって来た。千賀子の妹、多喜子(たきこ)だ。多喜子は千賀子のせいで辛い思いをしているようだ。会社をクビになり、夫と離婚し、周りから悪評が飛び交う。1人の罪がこんなにも身内の人生を変えてしまうなんて。 「本当に、ありがとうございました」  多喜子はお辞儀をした。大変な事をやったけど、姉は姉だ。遺灰はしっかりと持って帰ろう。 「まさか、結婚をしたとは」  千賀子と結婚したのを聞いて、多喜子は驚きを隠せなかったという。だが、次第に将の優しさを知って、結婚して当たり前だろうなと思ったという。 「また、新しい人と巡り合えたらいいですね」  多喜子は笑みを浮かべた。新しい人を見つけて、幸せになってほしい。 「はい」  将は笑顔で答えた。夫婦としての日々は終わったけど、これから新しい恋人と巡り合って、幸せになりたいな。 「それでは、私はここで」 「今日は、ありがとうございました」  多喜子は去っていった。将は後姿をじっと見ている。多喜子はこの先、どんな人生を送っていくんだろう。それは、誰にもわからない。
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