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 筧は先を続けた。「私は、六目水路の下にさらに別の人工的な水路があるのを発見しました。これがいつ造られた水路なのか、市の施工記録を調べてもわかりませんでした。そこで、あの桜と関わりがある狭原美穂子さんに訊いてみました。意外な事がわかりましたよ」  狭原美穂子の婚約者も実は水路管理官だった。名前は橘内俊夫。25年前に発生した大水害の際、橘内は流されている人たちを救助したが、その直後に濁流にのみ込まれて行方不明になった。しかし六日後、無事を知らせる電話が美穂子の家にかかってきたという。 「美穂子、聞いてくれ。僕は今まで見たこともない銀色の水路を歩いている。ここから禁忌桜が見える。ただ、凄く遠くて、着くまで時間がかかりそうだ。だから、何が起きても禁忌桜を伐採しないでくれよ。目印にするから。あれは灯台みたいなもんだ……彼はそう言って電話を切り、それきりになってしまったそうです。彼女は橘内の言葉を、今も信じています。あの禁忌桜と施工者不明の水路と美穂子さんと橘内管理官がどう関わっているのか、非常に興味深い事案ですが、そっとしておくのが一番いいと考えます。真実を追い求めることは、迷路に嵌るようなものだからです。本来の私たちの仕事がおろそかになることは、避けなければなりません」 「その通りだ」総括責任者の沖田が太い声で応じた。「あの木の件だが、実は伐採案が議会に提出されている。災難を呼ぶ胡乱な桜は、早く無くしてくれという声も結構多くてな。それに、あの桜は狭原さんご本人の持ち物ではあるまい」     筧は、泣き叫ぶ美穂子の声がどこかで聞こえた気がした。  筧はペットボトルのミネラルウォーターを口に含んだ。ひどく苦い味がした。                               了
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