スメラギ王国編

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クソ体力め。 転移を1度使うだけで息の切れるこの体はもうかなり限界なのではないだろうか。キリヤの目を盗むためには、真夜中に部屋から抜け出せばいいと思ってよりバレない魔法を使った訳だが、こんなに疲れるとは思わなかった。 「《開け、我はシネリア。時の使いを受けし人》」 魂に精霊と話せるその力が付属しているのならば名前もこちらを名乗れば泉まで通してくれるだろう。ユアンの名前でもいいが契約の子の体でもあるわけだから一応だ。 精霊の泉はどの森からも繋がっており、行き来の仕方さえ知っていれば簡単に行くことが出来る。目の前の木がピカっと光って二つに裂け、真ん中に道を作り出す。そこにぴょんっと飛び込めば泉の入口というわけだ。 「精霊さん、ヘンリディアはいる?」 ヘンリディア。通称ディア。ディアは泉の守り人で俺の昔からの知り合いである。前世では良くしてもらった。精霊の中でも情報を多く持っており情報屋としてほかの精霊から情報を巻き上げている。精霊達は俺の服を引っ張って森の奥へと進んでいく。 開けた場所に出ると、小さな水たまりが3つある。1番右は反射鏡。人の感情をうつす鏡。真ん中は歪鏡。人の欲望を映し出す。1番左は現鏡。現在の自分を映し出す。 「鏡ってことは……いるんだな、ディア。」 『我のことを呼ぶのは誰か?ソナタは…誰じゃ?シネリアの香りを纏いしものよ』 「だから、シネリアだって。それに、俺のことはシリカって呼べと言っただろ、ディア」 青い髪。水のような髪が特徴的なこの精霊は鏡を通してあらゆるものを見ることが出来る。こんなジジくさい喋り方だが見た目は好青年で多分20代ぐらい。他の小さな精霊とは違い個々の能力を持つ大精霊の1人だ。少し馬鹿なのが玉に傷だが。 『シリカ?シリカなのか?よぉみて見れば匂いだけではなく魂がシリカではないか。見た目がまた変わったものじゃな。精霊たちが怒り狂ってソナタの契約魔法を呪い始めた時はどうしようと思ったがの』 「どういうことだ?」 ディアのその言い方だと今はもう呪っていないみたいな言い方だ。 『シリカが消えて3年経ったぐらいじゃろうか、契約の犠牲になるのは契約主達ではなく奴隷達が引き受けるようになったのじゃよ。精霊たちが呪えるのは限りがあるんじゃ。わかっていても契約主が犠牲を差し出せばそいつだけにしか呪いはふりかけれんくてな。罪のないものを呪うのは愚かじゃろ?だから、今は精霊たちは黙って見ているわけなのじゃが。まぁ、シリカが戻ってきたのなら説得してみれば呪いを解いてくれるのではないか?ソナタの中にいるユアンとやらの呪いもな』 ディアはニヤリと笑って俺の胸に指を指す。わかっていて知らないフリをしていたのか。趣味が悪い。 「精霊達に聞いても分からない、できないの一点張りだが?」 1度精霊たちに呪いを解いてくれないかと聞くとふるふると首を振って分からない、できないと悲しそうな顔で言われればもう何も言うことは出来なかった。 『じゃろな。シルフィンに聞いてみるといい。呪いの元凶はシルフィンじゃからな。』 「フィンが?」 『そうじゃよ。シリカがあの忌々しい王とやらに貫かれた時、不可侵の契約を背負った我らでは助けられぬ。あの時近くにいたのはシルフィンじゃ。助けれないと悲しみ、そして怒り狂っておったわ。』 なるほど。あそこにはフィンもいたのか。 シルフィン。通称フィン。気性が穏やかでいつもニコニコと笑っている。フィンにも前世何かとお世話になった身だ。呪いや治癒薬に長けている。フィンは夢を司る精霊だ。フィンの藍色の髪は遠くから見ると黒色のように見えて昔同族だと勘違いしたことを思い出す。それにしてもあの温厚なフィンが人を呪うなんて。 「ディア、フィンはどこにいる?」 『最近は見ておらぬわ。お前が消えたあの時からな。フィンはすごく傷ついた顔で帰ってきてそのまま夢の国に篭もりっきりじゃよ』 そう言うとディアは、ほれと指を指す。その先にはひとつの鏡が置いてある。ディアは鏡の精霊。鏡を通せばどこにでも行き来できる力を持つ。 『夢の国は主に招かれなければ通れぬ。我の鏡の力でも無理じゃ。じゃが、夢の国の入口までは連れて行ってやれる。その鏡の奥じゃ。名乗ればシルフィンの事じゃ、ソナタをすぐに通すじゃろう。』 ディアはそう言うと、お守りじゃよと赤い実を渡してくる。ありがたくそのまま頂いてディアが指さしていた鏡を通り抜ける。 真っ白な空間に大きな扉。木製の縦に4メートルほどある大きな扉はきっと誰が押しても開かないだろう。 「フィン?いる?」 名前を呼んでみるが、応えは無い。 「フィーンー」 おーい、おーいと何度か読んでみると地面が地響きを鳴らしながら僅かに揺れた。 『シリカの匂いがする。ん………シリカ?』 眠たそうな声とともに現れたのは、藍色のくせ毛の髪の懐かしい顔だ。やはりあれから変わることなくここにいるらしい。 「フィン。久しぶり、」 『シリカ?本当にシリカなの?』 一気に目に水を張ってフィンは俺に抱きついてきた。フィンは昔からマイペースで感情の起伏が少ないやつだ。とても温厚で怒っているところをあまり見ない。それは、力が大きすぎるから感情に左右されて力を暴走させないようにだと後々知った。 「あの時はごめん。近くにフィンがいるの知らなかった」 『いいよ、こうやってシリカが生きてるならね。僕もシリカを守れなかった。ごめんね、』 フィンはそう言うと俺よりでかい図体で俺の体をぎゅっと抱き締めて頭を胸に押し込んでくる。くしゃくしゃと少し撫でてやると、また頭を胸に押し込んできてとても可愛らしい。 『それで、シリカどうしたの?』 「呪いのことなんだけど……」 呪い。その言葉を口から出した瞬間フィンの顔つきが変わった。やはり何かしらあったらしい。 『人間は愚かだよ。シリカの魔法を今でも使っているくせにシリカを拒絶ばかりする。シリカ。僕たちの国においで。人間なんてクズばかりだ。』 フィンはそう言って4メートルもの大きな扉を解放して俺の手を引く。 「俺も人間だよ、フィン。」 フィンに手を引かれてもその場に踏ん張って、フィンを見つめる。人間だと、昔から何度も告げているがその度にシリカはアイツらとは違うのだと何度も困ったように笑った。精霊の言葉を分からない人間達は精霊を利用するばかりで感謝しない。精霊がいることが当たり前だからだ。手を貸さなければ契約違反になるから精霊たちは力を貸しているだけに過ぎないのに。それを知っているのは精霊たちとシリカだけなのだ。 『僕達はいつまでも君のそばにいられない。君はいつかまた消えてしまうのだろうから。シリカ、僕なら君に永遠の時間を与えてやれる。シリカを利用するやつもいない。だから「悪い、フィン」 絶対行くことは無い、と告げるとフィンは泣きそうな顔で俺の手をぎゅっと握った。フィンは昔から人間をあまり好ましくない物として見ていた。初て俺と会った時もヨソヨソしくそそくさと話が終わった瞬間に夢の国に帰って行ったのを思い出す。ふっと笑みが込み上げてきて頬を緩めるとフィンは不思議そうな顔で俺を見て、また聞くよと俺の手を掴み直した。 『シリカが聞きたいのは呪いの話だよね。』 「うん」 『シリカが消えたあとシリカの契約魔法は悪用ばかりされてきた。シリカは少しでも民が楽になるならと願いを込めて作ったのに、彼らはそれをねじ曲げたんだ。私利私欲のために人を支配して嘲笑う。僕はそれが許せなかった。契約魔法を使ったものたちを呪った。もう誰にも利用されないように。呪いの内容は多分察してると思うけど人間と僕たちの契約の反故だ。だから、呪われた彼らは精霊たちの意思次第で力を貸さないことが出来る。つまり、魔法を使えなくさせれるんだ。あとは、ヘンリディアに聞いた通りだよ。』 その点で言うと呪いはいい結果に導いたみたいだ。まぁ、ユアンは呪いが終わる前に呪われたわけなのだけど。人間は多分わかっていない。呪われた理由も呪いがどんな内容なのかも。フィンが言う通り人間は愚かだ。精霊が力を貸してくれる理由も忘れるほどに。人間の大きな過ちと支配。そして契約。それ全ての記憶は彼らには無いのだから。 そして。 それゆえに、愚かな人間はきっと変わらず裏切り続けていくのだろう。
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