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01 @2020年、横浜
@2020年、横浜
日本大通りの歩道は広い。車道かと思うほどの幅がある。
道幅の狭い歩道や車道を、多くの車や人が行き交い、狭い土地に高いビルがこちらを覗き込んでいるように建ち並んでいる東京では、絶対に見られない風景が目の前に広がっていた。
そんな歩道に車やバイクが入り込んで走らないようするためか、等間隔に杭のようなものが並んでいる。
その杭のようなものも青銅の昔の水道管を思わせるようなデザイン性の高いもので、美しい景観を損なわないように配慮されている。
「やっぱりこの通り好きだな」
紫村明は笑いながら、隣を歩く角館譲を見る。
明も決して小柄ではないが、大柄な譲に視線を向けると、覗きこむような、少し見上げる格好となってしまう。
「うん。きれいだよな。あと、広々してて気持ちいい」
譲も満足気な表情を浮かべていた。
「西洋式街路って言うらしいよ」
「へえ、そうなんだ。外国の道路ってどこもこんなに広いの?」
「そんなことないんじゃない」
「そうだよなあ」
通りに建っている瀟洒な歴史的建造物を見上げながら、二人は通りを歩いていく。
「横浜ってやっぱいいね」
「ああ。忙しくてご無沙汰だったけど、やっぱ来てよかったな」
「うん」
信号待ちをして、歩道を渡り、そのちょっと先の海を目指す。
「俺たちが出会ったのも、横浜だったな」
譲がつぶやき、足を止め、青い光でライトアップされ、幻想的に夜闇に浮かび上がっているキングの塔を見上げた。
明もそれに倣う。
「そうだったね」
「もう七年か」
「そんなだっけ?」
明がとぼけた声を出すと、譲が仕方ないなというふうに笑った。
明は誕生日や記念日に無頓着だ。
見た目では、譲のほうがそういうことに無頓着そうに見えるのだが。
「もう、そんななんだ」
明がそう満足気に続けた。譲はずっと笑顔のまま、そんな明を見ている。
「なにがそんなにおかしいの?」
明が笑いながら譲に突っ込む。
「誕生日にも記念日にも無頓着で、着るものにも無頓着で、料理や掃除も嫌いで。そんなふうに全然見えないのになあと思って」
「譲のがよっぽどそれらしいよね」
「そうなんだよ」
譲が納得の声を出す。
「すみませんね」
明が舌を出すが、まったく悪いと思ってないのがわかり、譲はまた笑う。
「何か話があったんじゃないの?」
明が再び足を動かし、譲も続いた。
「うん。今度、部長になる」
「すごいじゃん! おめでとう」
「ありがと。でな、三年ほど大阪に行くことになった」
「そうなの?」
「ああ、でも三年で戻してもらえる」
「そっか」
明がしょんぼりとした声を出し、譲は秘かにそれに満足する。
「待っててくれるか」
「え?」
「戻ってくるまで」
「もちろん。仕事してたら三年なんてあっという間だし」
「そうだな」
「今だって、お互い忙しくて二週間ぐらいは会わないこともあるしね」
「まあな」
「大阪にも行くよ。おいしいたこ焼き食べたい」
「探しとく」
「譲も、時間があるときは戻ってきてよ」
「もちろん」
「じゃあ、何も変わらないね」
「ああ、何も変わらない」
譲が明の手を取る。
「人が見るよ」
言いながらも明の表情は緩んでいる。
「じゃあ、あそこの信号まで」
そこを超えるとすぐ海という位置にある信号を譲が視線で示す。
「三年だって、十年だって、平気だよ」
明が恋人つなぎした譲の手をぎゅっと握り返す。
「俺も。もう、明だけだ」
目の前で赤になった信号で足を止め、二人はゆっくりとつないでいた手を離した。
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