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次の朝、祐斗は父がベッドにいないことに慌てた。ちょっと考えれば回復力の早い父だ、祐斗が眠っている内に部屋を出たに違いないのだが。
「お父さん! お父さんっ!」
その叫び声が雫と秀太朗を叩き起こした。まだ5時半、普通なら寝ていてもおかしくない時間だ。
すぐにサイファが出てきた。
「心配要らないよ。久しぶりに庭を散歩中だ」
その言葉を聞いて祐斗は家を飛び出した。父の無事な姿を見たい。
駆け足が聞こえ、セナは微笑んだ。あれは祐斗の足音だ。後ろから跳びつれて、まだ足元がおぼつかないセナは転げそうになった。その手を祐斗が掴む。
「ごめんなさい、脅かすつもりじゃなかったんだ」
「分かってるよ。まだ本調子じゃないらしい」
父の手が祐斗の肩に載る。それだけで嬉しかった。自分がお父さんに出来ることがあるのだ。
「もう夏休みが近いな。どこか行こうか」
「お父さんの行くところならどこでもいいよ」
別れの話をしたくないのはセナも同じだ。だから旅行の話で誤魔化す。
「南か北くらい言えよ」
「いいんだ、本当にどこでも。ずっとお父さんについていくんだ」
セナはまだ気持ちが固まっていない。祐斗を日本から出すなど論外だ。言葉はどうするのだ? 友人関係は? 自分が日本に留まれば事件に巻き込まれていくだろう。祐斗の人生が歪なものになっていく……
結論が出ない。出ないまま、二人で歩いた。
「お父さん、そろそろ帰ろうよ。もうずい分歩いたよ」
祐斗が父を心配する。
「午後にはもう元気になってるさ」
「でも今は午後じゃないから」
祐斗の言葉が優しい。セナは祐斗の肩にぎゅっと掴まったまま方向転換した。
「お帰り。今度から祐斗に声かけて出かけろよ。祐斗の血相が変わってたぞ」
「そうする」
言葉が短いのは、やはり疲れたからだ。
「さ、病人はベッドへ。朝食食べたら点滴開始だ」
「あまり有難くないな」
言葉の割にはセナは素直だった。早く元気にならなければ。
タツキは人間に慣れようと一生懸命だった。雫と秀太朗がタツキを気遣ってくれる。数十年前、タツキの妹はセンターに捕まって死んでしまったのだ。それ以来タツキは人間を憎んでいる。けれどこの二人は本当に自分たちによく尽くしてくれていた。
「タツキ、夕飯なにが食べたい?」
「……肉じゃが」
雫は吹き出した。なにが可笑しいのかとタツキが雫を見る。
「ヴァンパイアってみんな肉じゃがが好きなの? セナもサイファもヒロもアキラも肉じゃがって言うのよ」
タツキは小さく笑った。そんな顔を見せたことが無かった。
「雫のは美味しいから」
それだけ言うと、ふいっと横を向いて隣の部屋に入ってしまった。雫はこの料理が出来て本当に良かったと、母に感謝した。
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