1 やばい生徒会

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1 やばい生徒会

「はいっ!やります!」 ズバッと勢いよく手を挙げる私を、クラスのみんなが一斉に見た。 中学一年、一学期の春。 黒板の『生徒会役員』の文字の下に書かれた名前は……樋口真維(ひぐちまい)ただ一人。 えっ、私だけ⁉︎ババッとみんなを見渡すけど、みんなただ無言で私を見つめてるだけ。 みんな、生徒会やらないのっ?私、希望者多いと思ってスピーチの原稿まで書いたのに⁉︎ 「すんなり決まって良かったね」 「生徒会だけはやりたくないよねー」 ちらほら、クラスメイトの安堵の会話が聞こえ始める。 その様子に私は一人ついていけずに、まだみんなをキョロキョロ見渡す。 「じゃあ、樋口は放課後、職員室に来てくれ」 「は、はい!」 名前を呼ばれて、私はガタッと立ち上がる。 そんな私を、クラスメイトはパチパチ……と安心しきった様子で拍手した。 わあっ。やっぱり二年生の校舎はすごいなぁ。 先生の後に続いて廊下を歩いている私は、目に入るもの全てにワクワクしてしまう。 右の教室は、廊下の隅の方に寄せられたギターやら電子オルガンやら、楽器がたくさん。 左の教室の廊下には、巨大なダンボールと装飾されたキラキラの洋服たち。 多分、右は『音楽クラス』で、左は『演劇クラス』かなっ。 ———そう。ここ、『聖桃中学校』は、芸術中学校。都内の私立中学校では、一番規模が大きい芸術学校だ。 一年生は普通の学校と同じ授業をするけど、二、三年生になったら授業にプラスして、五つの選択クラスの中から一つ決めたジャンルでの特別授業が始まるんだ。 二、三年生の校舎は、私たちの校舎の隣。本当は一年生はここには来れないはずなのに、特別に来れてラッキーだなっ。 私はワクワクと目を輝かせながら、落ち着かない首で見回す。 静かに廊下を歩いて行った先生が、ノックしたのは『会議室』。 どこに連れていかれるかは知らなかったけど、会議室? 私、生徒会室に案内されてるんだと思ってたけど……。 だけど、私は急に思い当たってハッとする。 ……もしかして、私に生徒会が務まるかの会議⁉︎ 本来の二、三年生の生徒会役員は、全校生徒の選挙で決めるそうだ。 だけど、なぜかここの学校の一年生の生徒会役員は、立候補制。 すんなり決まって、やった〜って思ってたけど、やっぱり厳密な会議があるの……⁉︎ 先生がドアを開けてくれて、私はドキドキしまくって中に入る。 「し、失礼しますっ!」 もう審査されてるかもしれない……!と、私は背筋を伸ばして挨拶。 だけど、茶色い長机と椅子が等間隔で置かれてる会議室には、大人はいない。 一番奥に、ボブカットで眼鏡をかけてる女の子がいるだけだ。 その女の子と、ぱちっと目があった。 「あ……、生徒会の子ですか?」 眼鏡の子は、立ち上がって私の元へと駆けてくる。 「あ、はいっ。そうです!」 思わずうなずいちゃったけど、まだ審査があるから胸を張って生徒会役員とは言えないんだよな……。 眼鏡の子は、身長は私と同じぐらい。 だけど、雰囲気が大人っぽくて、知的な感じがする子だ。 「ちょっとここで、二人で待っててくれ。先生、生徒会室行ってくるな」 担任の先生は、そう言って会議室を出て行ってしまう。 ……二人で待ってて、って言われましても。 私と眼鏡の子は、顔を見合わせた。 「えっと……、お名前は?」 沈黙の後、私は眼鏡の子に話しかける。 「私は、川井柚花(かわいゆずか)。一年二組です」 川井柚花ちゃん……。隣のクラスの子か! 「私は、樋口真維!一年一組だよ。よろしくね」 ニコッと笑うと、柚花ちゃんも「よろしくね」って控えめに笑ってくれた。 唯一の同学年!優しそうな子で良かったよっ。私が役員になれたら、この子と一年間一緒活動するんだもんね。 「もしかして、真維ちゃんのクラスも、役員候補一人だった?」 柚花ちゃんから話しかけてくれて、私はうなずく。 「うん、そうなんだよね。もっといっぱいいると思ってた!」 柚花ちゃんの話し方だと、彼女のクラスでも立候補は一人だけだったっぽいな。 生徒会って、そんなに人気ないのかな?まぁ、大変そうだけど……。 「私、知り合いがここの卒業生でね、」 柚花ちゃんが突然、顔を私の耳に近づけた。 「生徒会、やばいらしいよ」 耳に響いた、柚花ちゃんの不穏な言葉。 「……や、やばい?何が⁉︎」 柚花ちゃんは、いたって真面目な面持ち。ど、どういう意味のやばいっ? っていうか私、担任の先生からそんな話聞いてないけど……? 「私も詳しいことは聞いてない……というか教えてくれなくて。だけどその人に、楽しいから一回経験してみなって言われて。それで、生徒会入った」 柚花ちゃんは、そう言って明るく笑う。 柚花ちゃん、知り合いからそんなこと言われたのに入ったんだ⁉︎なかなかに度胸のある子……! 「で、でも、まだ正式に役員って決まったわけじゃないし、そんなにやばいなら、私は適性無いって落とされるかもだし」 ワタワタと喋る私に、柚花ちゃんは「え?」と首を傾けた。 「落とされる?ってなにが?」 今度は、私が「えっ?」と首を傾ける。 「だ、だって、選挙もないのに立候補で役員選ばれるなんておかしくない?きっと、この後に面接みたいなのがあって……」 「あははっ。真維ちゃん面白い。そんなのないよ」 柚花ちゃんは楽しそうに笑う。 「生徒会やばいって噂が広まりすぎて、新規の一年生が全然来なかったんだって。だから、一年生は立候補制。まあ、二、三年にもなるとそこそこ希望者も多いらしいけど」 そう語る柚花ちゃんの声に、どんどん焦っていく。 人数が集まらなさすぎて、立候補だったの⁉︎っていうかそんなに希望者少ないって、どんな生徒会⁉︎ 明るく笑ってる柚花ちゃんを前に、私は青くなっていく。 も、もしかして私、やばい生徒会に入っちゃった……⁉︎ コンコン 会議室の外から、ノック音がした。 私たちは、揃って首を扉に向ける。 先生が、戻ってきたのかな?外から扉が開く。 だけどズラズラと中へ入ってきたのは、先生じゃない。 ポニーテールのお姉さんに、背の高いお兄さん、ふわふわカールの髪型のお姉さんの、三人だ。 …………誰? そしてその三人は私たち二人を見て、なぜか目をキラキラと輝かせてる……? 「わあっ!二人!二人もいますよ!」 「良かったぁ。去年は無理矢理、一年生の教室から引っ張り出してきちゃったけど。今年はそれする必要ないね!」 「まあ、会長直々のお願いなら断りづらいですからね。でも、今年は二人もいて安心です」 きゃっきゃと楽しそうな三人に、私たちは呆然と立ちすくむ。 ……待って。今あのお兄さん、ポニテの人のこと、会長って言った? …………つまり、 「「生徒会のセンパイ……⁉︎」」 柚花ちゃんと私の、ひっくり返った声が被る。 「そう!私たち、桃中生徒会でーす!」 ポニテの生徒会長さんが、にっこりと、満面の笑みで私と柚花ちゃんを見回した。
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