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「分かったよ女将さん、材木屋若旦那の話は聞かないよ」
五郎はしょんぼりして庭の掃除を始めた。
「雅恵はどこ行きやがった」
主の高宮清吾は人手が足りずに忙しなく動き回っていた。
「あの子をあてにしないで、あの子にはあの子の人生を楽しませましょうよあなた」
礼子は頬を張ったことを清吾に黙っていた。
「女将さん、二階の露の間のお客さんがテレビのある部屋と変えてくれって騒いでいますがどうしましょう?」
仲居の下田岩が面倒臭そうに言った。昨年、東京で五輪が開催された。それに合わせるようにテレビが普及してきた。各家庭に一台が夢でなくなって来た。
「私が行く」
清吾が二階に上がる。
「申し訳ありませんがテレビのある部屋はございません。食堂にございますのでそれをご覧ください」
「何だよ、テレビぐらい置いとけよ、潰れちゃうよそんなこっちゃ、まったく」
「申し訳ありません」
清吾は畳に額を付けて謝った。そしてこんな商売を娘に継がせたくない。早くアパートにして娘に譲りたいと気が逸る。
「ただいま」
勝手口から声がした。五郎が出た。
「あっ、お嬢さんだ、旦那さんが怒っていますよ」
「すまないねえ、洪鐘祭の予行演習に付き合ってもらっていたんだ」
相馬が謝罪した。
「女将さん呼んで来ます」
五郎は雅恵が好きだった。雅恵が男連れで帰宅したので驚くと同時に寂しさを感じた。礼子は相馬を見て一礼した。
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