(その1)12月、二人は結婚式を挙げる(1)

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(その1)12月、二人は結婚式を挙げる(1)

「巽(たつみ)くんー。朝だぞー」  夫の声が聞こえて、巽は重たい瞼を開けた。旦那さんの南條(なんじょう)先生が、寝室の遮光カーテンをさっと開けて笑っている。寝室には、目覚めやすいようにと暖房が入っていた。巽はゆっくり伸びをする。縞模様のパジャマの裾が持ちあがり、おへそが見えた。 「ふわ。先生、おはようございます」  ニットのカーディガンを羽織り、先生にもらった愛用の、ペンギンのスリッパをつっかけて、巽は身軽にベッドから降りた。さらさらの黒髪に朝陽が当たり、きらきらと火花が散るように青く輝いている。夢見がちな茶色の瞳は、まだまだ眠そうだ。それでも懸命に目を覚まそうとする。なぜなら今日は、晴れ舞台。  巽と南條の、結婚式が執り行われるのだ。  朝陽を浴びていると、だんだん目覚めてきた。巽は急にそわそわしはじめる。しなくてはならないことを思い出したのだ。 「今からシャワーして、パックもして、除毛クリームで脱毛も……! い、忙しい!」  慌ててパジャマを脱ぎ捨てようとする巽に、南條は「朝食も食べるんだぞ」と声を掛ける。 「結婚式は午前中で披露宴は昼から。一度式がはじまれば、食べる暇はないかもしれない」 「はぁい。じゃあ、まずごはん食べちゃお」  パジャマのまま顔を洗いに行こうとした巽は、そこでくるりと振り向いた。  キングサイズのベッドに圧迫された寝室は、他にもチンニングバーや腹筋ローラーなど、鍛えるためのマシンが場所を取っている。ナイトテーブルの上にはデスクライトと、積みあげられた本の山。その本の山から、巽はいちばんに下になっていた冊子を抜き取った。 「結婚が決まれば読みましょう!」とブライダル会社が無料で提供している結婚情報誌だ。しかも、「バース性」向けのもの。  巽は先生のほうに冊子を差し出した。 「先生、これ、あとでいっしょに読んで最終確認してね。照明のこととか、音楽のこととか、お花のこととか、あと、バース性のカップルが結婚するときにしたほうがいい結婚のご挨拶のこととか、いろいろ書いてるから」 「ああ、わかった。あとでいっしょに読もうな」  にこっと笑ってそう言ってくれる先生に、それだけで巽は安心する。冊子を小脇に抱え、もうすでに高まりはじめた緊張を胸に寝室を出た。
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