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◇
喜予が亡くなってから、初めてバー・七ツ矢に出勤したヨシタカは、マスターに彼の死を伝えた。
マスターは、「あんなに元気だったのに?」と、大層驚き、彼の死を悼んでカクテルを作った。
赤ワインをトマトとフルーツのジュースで割った赤いカクテル。それを、喜予がよく座っていたカウンターに置く。
「『葬送のサングリア』。これを彼に捧げよう。彼が愛した人にも、ぜひ飲んで貰いたいね」
「そうですね」
サングルスにも気持ちは伝わるだろう。
喜予の魂は、今頃どこでどうしているのか。
霊視をしてみようかとも思ったが、葬儀に現れなかったし、話せる状況になっていないかもしれない。無理に接触すれば、彼の負担になってしまう。
(今頃、二人で黄泉の国に暮らしていればいいけど)
それなら、まだ救いがある。彼にとっても、自分の死は喜びとなるだろう。
その時、背中が冷やっとしたので振り向くと、サングルスが立っていた。
(サングルス!)
何しに来たのか。その表情からは読み取れない。
向こうから来てくれたのだ。丁度良い機会だ。
「喜予を連れて行ったのは、君?」
「そうだ」
「どうして?」
「彼が望んだから。これしか、彼の望みを叶えてやる方法がなかった」
「やはり、そうだったか。彼はどんな感じ?」
「自分では納得していると言っている。それで、心配無用と伝えて欲しいと言われて来た」
「本人は来ないの?」
「亡くなったばかりで、まだその状況にない」
「喜一さんに何か伝えることはない?」
「先に死んで悪かったと謝っていた」
それだけ分かれば充分である。
「折角だし、マスターが作ってくれた『葬送のサングリア』を飲んでみてよ」
「そうだな」
サングルスがカクテルを飲んだ。
あとから量が減ったことに気付いたマスターが不思議そうな顔をしたので、ヨシタカは思わず笑いそうになった。
ヨシタカは、サングルスに最後の要望を伝えた。
「喜予に、落ち着いたら会って話したいと伝えてくれる?」
「分かった」
これで、いずれ話せる時がくるだろう。
サングルスは、姿を消した。
(いつまでも、二人一緒に仲良く過ごして欲しいな)
カクテルの中に浮き上がる、たくさんの小さな泡を眺めながら、ヨシタカは強く願った。
了
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