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◇
ヨシタカが喜予の訃報を貰ったのは、喜予と別れた翌日の昼間。大学にいて、授業と授業の合間の空き時間だった。次の講義まで1時間以上あって、行くところのなかったヨシタカは、図書室で時間を潰していた。
スマホの通知を見て、すぐに外へ飛び出し、折り返し電話する。
「もしもし、喜予が亡くなったって、本当ですか?」
『ああ、わざわざ悪いね』
電話の相手は喜一だった。メッセージはとても短くて、『喜予、亡くなる』と、まるで電報のようだった。それだけに緊急性を感じられた。
「すぐそちらへ行きます」
午後の授業を欠席して、寺に向かう。
喜一が玄関先で出迎えてくれた。
憔悴しているのかと思いきや、まるで常日頃から覚悟を決めていたかのようにしっかりしていて、一切動じていない。
「よく来てくれたね」
「勿論です。何があっても駆けつけます! それで、喜予さんはどちらに?」
「こちらだよ」
棺が安置されている本殿に通されて、喜一が蓋を開けてくれた。
目を閉じて棺に横たわる喜予を見て、(ああ、死んでいる)と思った。
この目で見るまでは、信じたくなかった。ドッキリじゃないかと思っていた。
呼吸も脈拍もなく、動きだす気配がみじんも感じられない。これは、現実として受け入れざるを得ない。
亡骸を前に黙り込んだヨシタカを、喜一は何も言わずに辛抱強く待ってくれた。
気を落ち着かせたヨシタカは、最期の様子を確認する。
「亡くなったのは、いつですか?」
「今朝だよ」
「今朝⁉」
新宿で飲んだあと、タクシーで無事に帰宅できたということだ。
「詳しい状況を教えてください」
「彼は、昨夜一人で飲みに行って、どうせ帰りは遅いだろうからと、私は先に寝ていた。朝の勤行のために起きて、喜予の戻りを確認しようと寝室に行ってもいない。玄関まで見に行くと、靴も脱がず、倒れるように寝ていた。でも、その時はまだ生きていたんだ。声を掛けて起こすと、目を開けて一旦は起き上がったが、すぐにその場で卒倒してしまった。救急車を呼んで病院に運んだんだが、間に合わなかった。電気ショックや心臓マッサージで懸命に蘇生を試みて貰ったが、無理だった」
喜一は、無念そうに言った。思い出すのも辛そうだ。
「死因は、何だったんですか?」
「心臓発作」
「心臓発作……」
ヨシタカの脳裏に、すぐサングルスが浮かんだ。
死神が鎌を振れば、たちどころに魂を持っていかれる。それが心臓発作で亡くなったように見える。
(ああ、サングルスが連れて行ったんだ)
昨夜見たサングルスの哀しい目は、それを示唆していたのかもしれない。
喜予が惚れ込まなければ、とっくに契約終了で追い払っていた。情けを掛けて、どうしても出来なかった。
死神と仲良くすれば、こうなることは分かっていた。喜予なら大丈夫だろうと、気づかないふりをしていた。それが最悪の結末を迎えてしまった。
短い間だったが、彼は、良き相棒だったと思う。
一緒に占い屋をやらないかという、彼の誘いを断ったことにも後悔の念が湧き上がってくる。少しは話を聞いても良かったかもしれない。
失って思い知る存在の大きさ。
もう一緒に行動出来ないのだと思うと、口の中が苦くなり、砂を噛んだみたいにザラザラとした。
そのまま、葬儀に参列した。
待ったけれど、喜予の魂は現れなかった。
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