第三章「探し人」

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「起きて! 起きて、みかんちゃん!!」  突然大きく体を揺さぶられて、寒さが襲ってきた。 「わかる? みかんちゃん! ちゃんと、見えてる?」  さっきまで夢に見た人が私の顔を見つめて泣いているみたいだ。 「……イチコーチ?」 「うん、うん、そう、ごめんね。ずっと待たせてごめんね。心細かったよね」  ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられて、これが現実なのか、さっきまで見ていた夢の中のイチコーチなのかわからなくなりそうだけど。 「イチコーチ、……ごめんなさい。私、はぐれちゃった……、心配かけちゃってごめんなさい」 「なに、言ってんの。ちがうよ、みかんちゃんは何も悪くないよ。僕があの時、みかんちゃんに先に行くようにうながしちゃったから。一緒に行けば良かったのに、ごめん。本当にごめん」  違う、イチコーチのせいじゃない。  私が下手くそすぎたんだもん。  必死にイチコーチの腕の中で首を振っても、イチコーチは「僕のせいだから」と何度も申し訳なさそうに私に謝っていた。 「みかんちゃん、ここね、大分コースから遠いんだ。本当なら、この下に少しずつ降りて下りたいところだけど、みかんちゃんスキー板外れちゃってるよね」 「ごめんなさい、登ろうとして脱いだら……」  無くなってしまった。  雪に埋まってしまったのか、それともスキー板はこの下に滑り落ちてしまったのか。 「みかんちゃん、ちょっとだけ踏ん張れる?」 「え?」 「僕の背中にしがみついてて欲しい。絶対に連れて帰るから」  そういうとイチコーチも自分のスキー板を脱いで木に立てかけて、私に背を向けた。 「今からみかんちゃんを背負ってここを下ります。ロッジに着くまでは絶対に眠らず、僕にしがみついてること。いいね?」 「歩けます、私も一緒に!」 「ううん、みかんちゃんの背丈じゃ、埋まってしまいそうな場所もある。それにもうそんな体力ないでしょ?」  よしよしと私の頭を撫でてくれる優しい手とイチコーチの笑顔に安心したらようやく涙が落ちてきた。  今まで目の中まで凍り付いていたみたい。 「大丈夫、絶対に僕がみかんちゃんを守るから。もう一人になんかしないから」  もう一度ギュッと抱きしめてくれたコーチに何度もうなずいた。  しがみついた大きな背中。  いくら痩せ型で小さい私だって20キロ以上は体重があった。  コーチはずっと荒い息づかいで、それでも休むことなく灯りを目指して吹雪の中を進んでいた。 「イチコーチ……、私ね、スキー楽しくなってきたよ」 「そりゃ、ハァッ……良かった」 「だから、また来年もイチコーチと滑りたいなあ」 「……、ありがと、楽しみに待ってる」  一瞬振り向いたコーチの顔が笑顔だったのを覚えている。  ようやくロッジについた頃、気を失うように眠った私が目覚めたのは病院のベッドだった。  コーチとはそれきり。  その翌年もその翌々年も、白馬でイチコーチと出逢うことはなかった。  少しの希望で見ていた次のオリンピックにもイチコーチの姿はなく、本当にそれきりになってしまった。  助けてくれてありがとう、と伝えることもできないまま、12年も月日が流れてしまったのだった。
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