第17章 アカデミックというにはあまりにオカルトが過ぎる

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第17章 アカデミックというにはあまりにオカルトが過ぎる

「…さて、と。それで、改めて作戦会議ってことなんだけど」 とりあえずひと区切りついた時点で、わたしたちはさらに深く話を掘り下げるために場所を移した。 別に彼女を信頼しないってわけではなかったけど、あの喫茶店ではやっぱり店主の耳を憚らざるを得ない事情もある。 ああ見えてあの方もちゃんと仕事の面ではプロだから、完全にカウンターの奥に引っ込んでいて客の会話にあれ以上自ら頭を突っ込んできたりはしなかった。でもそれはそれとして、例え僅かだとしても。あんな話の中身を聞かれるのは気になる。 わたしがあの村で体験したことを、蒲生先生や由田さんに今後も絶対に話したくない。ってわけじゃ最早ないけど…と躊躇してる内心の声を察してくれたのか、彼はさっと伝票を手にしてわたしたちの分もまとめて会計を済ませてから店を後にした。 「どうだろう。もし追浜が無理じゃなければ、他人の耳のない落ち着ける場所でもう少し詳しい話するか?もちろん今日いきなりは難しいっていうんなら。話しにくいところは追々でいい」 ぶっきらぼうな口調だけど、一応わたしの心理状態を慮ってくれてるのはわかる。横から由田さんの親身なフォローが入った。 「言いにくいところは全然飛ばしていいよ。ていうか、もしも異性の前では話したくない部分があれば後でわたしにだけ説明してくれてもいいし…。まあ、この先生はあまりそういうこと気にしなくていい人なんだけど。何ていうか、仕事中は性別関係ないってタイプだから。お医者さんとかそういうジャンルの人って感じ」 わたしなんか、先生の前で着替えろって言われても多分全然平気な気がする。中性的ってわけでもないんだけど、オトコを感じたことないんだよねぇと平然と本人の前で言い放つ由田さん。…いや、それ大丈夫なやつ?ご本人はちょっと、ショックなのでは…。 と思って彼の方を伺うと、蒲生先生はまるで堪えた風もなく無反応で歩いてる。ぼそぼそとそれはまあ、お互いさまだし。と小声で返してるのが耳に入った。えー、嘘でしょ。こんな綺麗なひとなのに。 「…お二人は。もしかしてそれぞれ、異性に関心のない人ですか?」 思わず余計な質問が口を突いて出た。由田さんは笑って、蒲生先生は黙って二人とも同時に首を横に振った。 「…別に。普通だ」 「わたしも。性志向はいわゆるノーマルだな。けど若干ストライクゾーンが狭いのと、あとは人生のリソースをあんまりそっちに割いてないかも。非恋愛脳っていうかさ…。多分、この先生もそんな感じじゃない。あとそこそこ長いこと近くで一緒にい過ぎて、反応しなくなっちゃったのはある。どっちかっていうと家族とか、身内感強いかも」 あっけらかんと言われたその台詞にやや引っかかったのか、訥々としたテンション低めの調子ながらも一応って感じで抗弁する蒲生氏。 「家族は言い過ぎだろ。そこまで距離近くはない。俺からしたら親戚の遠慮のない子とか、近所のなんか騒がしい子とかの感覚だな」 「じゃあ先生は姪っ子に突撃かけられるぬぼっとした親戚の叔父さんだね。学生に対する態度は大体こんな感じだから、この方は。追浜さんに対しても身内感覚で接してくれるとは思うよ」 うん。教え子でもゼミ生でもないけどね、わたしは。 それでもまあ、こんな美人にでもぴくりとも来ないならわたしみたいな珍気なガキなら尚更警戒する必要はなさそう。それに話をするときは、由田さんがちゃんと同じ場に居合わせてくれるんだろうし。 何もかも細かい具体的な部分まで、根掘り葉掘り打ち明ける必要まではないわけだし。何をどういう風にされたかとか。そんな生々しいリアルな話は彼らだってさすがに聞きたくはないだろう。 気づくと平静な調子でぽつりと呟きが口から漏れていた。 「…わたしの知ってる限り、話せる範囲のことでよければ。ざっと、アウトラインくらいなら」 「いいの?無理はしなくていいんだよ。別に、急ぐ必要はないから」 横からそっと由田さんがわたしの肩に手を添える仕草を見せた。その気遣いに感謝しつつ首を小さく横に振る。 「いいんです。なんか、ちょうど当時のことを改めて振り返って考えるのにいい機会なのかも。思えばあの村を出てから誰とも、この件については話したこと。全然ないままだったから…」 もう二度とあの村と関係持つことはないんだから、思い出す必要もないし。と決めつけてずっと封印しっ放しだった。 だけどもう三年も経つし。そろそろ落ち着いて冷静に当時のことを振り返って、自分の身に起きたことを一回きちんと整理しておいた方がいいのかもしれない。 頭の中で再生してみるのも嫌だった出来事も、今ちょっと思い起こしてみようとしたら以前に較べてだいぶ恐怖や不快な感情も薄れて、ようやく平静に客観的に語れるかな…って思えるようになってる。ひりひりしてた傷跡も、いつの間にかすっかりかさぶたに覆われてるようだ。 癒えない傷はないんだな、と自分の修復能力に感心すると同時に。このタイミングでこの人たちがたまたま向こうから現れたのも何かの縁なのかもしれない、と改めて考える。
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