12 大切な家族

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12 大切な家族

 伯爵家の馬車に乗り込むとアルデラは急な眠気に襲われた。 (そうよね、私、つい最近までベッドで寝たきりだったものね……)  いくら高価な魔力の点滴を受けていたとしても、体力の限界がきたようだ。まぶたが重くなり、バチンと電気が落ちるようにアルデラは眠りに落ちた。  気がつくと、アルデラは和室に置いてあるテレビの前にいた。 (夢、よね?)  テレビ画面には、着物を着て刀を構える侍たちが映っている。 「あ、これ……」  それは大好きな時代劇だった。ちょうど今は、悪代官が正義の味方に懲らしめられているところだ。 「そうそう、私、こういうお話が大好きなのよね」  勧善懲悪(かんぜんちょうあく)とでもいうのだろうか。強い力や権力は、善人を守るためにある。そして、悪い奴は成敗される運命だ。 「そっか、私の行動や考え方は、時代劇が元になっているのね」  『道理で悪者退治が、こんなにも楽しい訳だ』と今までの自分の言動に納得していると、トンッと肩を叩かれた。  気がつけば、目の前でブラッドが心配そうな顔をしている。 「着きましたよ、アルデラ様」 「そう……」  答えたものの、まだどこか夢見心地だった。すぐ側でセナの声がする。 「大丈夫?」  隣にピッタリくっついて座っているセナは、どうやら寝ているアルデラに肩を貸してくれていたようだ。 「大丈夫よ、ありがとう」  先に馬車から下りたブラッドがこちらに手を差し出している。その手を取り、アルデラは馬車から下りた。  伯爵家に戻るとなぜかホッとした。 (ここが私の家なのね)  朝から出かけたのに、もう昼を過ぎている。玄関ホールの隅っこでノアがうつむきながら、退屈そうにゆらゆらと身体を揺らしていた。 「ノア?」  アルデラが声をかけるとノアはパッと顔を上げた。そして、嬉しそうに顔をほころばせる。 「アルデラさん、おかえりなさい!」  駆け寄りギュッと抱きつかれた。アルデラの胸下辺りにノアの綺麗な金髪がある。 「もしかして、私の帰りを待っていてくれたの?」  顔を上げたノアは「はい」と頷くと「一緒にご飯を食べましょう」と腕を引っ張る。 「まだ食べていなかったの?」  ノアは元気に「はい! アルデラさんと一緒に食べたくて待っていました」と頬を赤くする。 (可愛いし、嬉しい)  ノアの誘いに応えたいけど、持参金のことや新しい護衛のセナのことを、先にクリスに報告したほうが良いかもしれない。  アルデラが少し躊躇うと、ブラッドが「クリスへの報告は私がしておきます」と言ってくれた。そして、「お前も来るんだ」とセナを連れて行ってしまう。  ポカンと口を開けていたノアの綺麗な瞳をアルデラは覗き込んだ。 「一緒に食べましょう」 「はい!」  出された食事は相変わらず質素だったけど、とても美味しかった。 (公爵家からお金が振り込まれたら、ノアにたくさん美味しいものを食べさせないとね。服もたくさん買ってあげて……)  そんなことを考えていると、ノアはこちらを見てニコニコしていた。 「どうしたの?」  フフッと笑ったノアは「アルデラさんが楽しそうだから、ぼく、嬉しくって」と、可愛いことを言う。 (はぁ……天使!)  顔ではにっこりと微笑みながら、心の中でノアの可愛さに感動していると、クリスが現れた。 「父様」  ノアが嬉しそうにクリスに飛びつく。クリスはノアを抱きかかえると「ね? アルデラは、必ず帰って来るって言っただろう?」と微笑みかけた。 「はい! 父様の言う通りでした!」  ぎゅっとクリスの首にノアがしがみつく。金髪碧眼の麗しい親子を眺めながら、アルデラは『神様と天使様を描いた絵画みたいだわ』と思った。  クリスはアルデラにも優しく微笑みかけてくれる。 「アルデラ、後から私の書斎に来てくれるかな?」 「はい」  ノアが「ぼくも行っていいですか?」と聞いたが、クリスは「お仕事の話だからダメだよ」と困ったように微笑んだ。  ノアと別れたアルデラはクリスの書斎に向かった。 (過去のアルデラは、ここには入ったことがないわね)  クリスの書斎の前で、ブラッドが待っていた。アルデラに気がつくと頭を下げ「どうぞ」と扉を開く。 「失礼します」  クリスの書斎は壁一面が本棚で埋め尽くされていた。書斎机の上も綺麗に片付けられている。  クリスは立ち上がると、アルデラにソファーに座るように勧めてくれた。自身も向かいのソファーに座る。 「アルデラ、大まかな話はブラッドから聞いたよ。公爵家に持参金と、これまでの育児教育費を請求したんだってね?」 「はい」  クリスは悲しそうに端正な眉を下げた。 (あれ? ダメだったのかしら?)  アルデラが内心あせっていると、クリスは「君が、公爵家でつらい思いをしなかったか心配だ」と深いため息をついた。 (ブラッドは、私が黒魔術を使ったことを、クリスに言っていないのかしら?)  チラッとクリスの後ろに立っているブラッドを見ると、ブラッドは肯定するように小さく頷いた。  クリスは「持参金は有難くいただくよ。でも、育児教育費は君の口座を作って、そこに振り込もう」と提案する。 「いいえ、お金は全て伯爵家で使ってください」 「ダメだよ」 「でも!」  アルデラが反論しようとすると、スッとクリスの右手が伸びて長い人差し指が制止するように、アルデラの唇に近づけられた。 「でも、じゃないよ」  宝石のように綺麗なクリスの青い瞳に見つめられると、何も言えなくなってしまう。助けを求めるようにブラッドを見ると、ブラッドもクリスと同じ意見のようでウンウンと頷いていた。  クリスの指を避けるために、アルデラは身体を後ろに引いた。 「では、せめて私の治療にかかった費用は全額払わせてください。あと、私の護衛と私についてくれるメイド達のお給料も自分で払いたいです」 「そんなこと、気にしなくていいのに。私達は家族なのだから」  その言葉に胸が温かくなる。アルデラはクリスをまっすぐ見つめ返した。 「大切な家族だから、私もお役にたちたいって思うんです」  クリスは小さくため息をつくと「わかったよ」と言ってくれた。 「そういえば、君が連れてきた護衛だけど」 「セナのことですか?」  アルデラが名前を呼んだとたんに、アルデラの側にストンと人影が落ちてきた。 「きゃあ!?」  落ちてきた人は、黒ずくめの服から、執事のような服に着替えたセナだった。白く長い髪は、後ろで一つに縛っている。 「あ、セナ?」  セナはコクンと頷いた後「驚かせて、ごめん」と謝る。 「ううん、こちらこそ、叫んでごめんね」 「こんなの、着せられた」  セナは自分の服を引っ張っている。 「良く似合っているわ」 「そう、かな?」 「そうよ」  微笑みかけるとセナはようやく納得したように口端を少し上げた。
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