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秀は頬を撫でさすって、照れ隠し混じりに答えるしかない。
「そんなの……当然に決まってるだろ」
「……本当に?」
「……なんだよ」
「いえ、……まるで、夢を見ているような気分で」
感極まって緩んだ口元を引き締めた雪彦の真剣な眼差しが、再び秀を射る。その鋭さと重さに、秀は思わず身を引いた。
「どんなことがあろうとも、もう簡単に離れたり、逃げたりしません。言い訳せずにあなたに真摯に向き合います。だからあなたも、どうか俺を放さないで」
「……ああ」
「裏切ったら、殺してくださっても構いませんよ?」
「物騒なこと言うな」
どうやったらそこまで思考が飛躍するのだろう、と困惑を隠せないでいると、
「いえ、わかってます……色々と確かめたくて意地悪を、つい。やっぱりその反応って照れてるんですよね、不機嫌なんじゃなくて。素直じゃないのは相変わらずですね」
「うっせーな」
久しぶりにはにかんだ雪彦を見て、思わずシャッターを切る。そこでふと、これまでに見てきた様々な光景が瞼の裏側で弾けた。
一面の銀世界に慎ましく色を添える真っ赤な海石榴。
燦燦と降り注ぐ日差しを受けて揺れるひまわり畑。
レンガ造りの建物。漁港。エメラルドブルーの湖面。濁った温泉
パンをかじる白鳥。真っ赤に熟れたさくらんぼ。
渓谷の水面を漂う紅葉。ダブルピースで微笑む稔と理。
小さな雪だるまを手のひらにのせた雪彦。
「……ああ、そうか」
「?」
「写真を撮り始めた理由を思い出した気がする」
「へえ?」
「俺が目にしてきた色んなものを、お前にも見せてやりたかったんだよな」
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