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第一話 再会
『ひーむろっ!明日さ、どーそーk「パス。」』
『えーいいじゃん!芸能人が来たらみんな喜ぶよ!』
「げーのーじんならあいつがいるだろが。」
『今回来ないんだよ、だから氷室来て、お願い!』
「チッ、げーのーじんのスケジュール舐めんなっつの。」
『ありがと!大好きだよ〜氷室!』
仕事終わりにやっとの思いで辿り着いた自宅。どこにいても最近アメリカのチームに所属、最年少でレギュラーをとった後輩のことばかりが耳に入ってきて、何故かどっと疲れているところにKYもとい、元霧夕高校バスケ部部長、現バスケットボール日本代表選手である久遠汐風から飲みの誘いが来て、明日の仕事の調整をしなくてはならなくなったのは今からちょうど一年前に久遠と偶然、街中でばったり会ったことがきっかけだった。
それから久遠とは何度か飲みに行っていたが、四度目くらいからタメのチームメイトが参加しだし、挙げ句の果てにはバスケ部で何度かやっている同窓会に来ないかと誘われた。それについてはお前らだけで十分だ、とずっと断っていたのだが、つい半年前に久遠に頼み込まれて、流された…のがいけなかった。思えば部活の設立から副主将の件、果てには合宿の部屋割りまで久遠が関わると碌なことがなかったと、1番身をもって知っていそうな俺が久遠の策にハマったのは疲れ故だ。
調整したはずの仕事が機材の故障で長引き、久遠が指定した居酒屋に入れたのはもうすぐ22時を回ろうとしていた時だった。店に入ってまず目に飛び込んだのは頬を朱に染めた巨人の姿で、一気に疲れが増した気がした。
即座に踵を返し、店を出ようとした俺は、案の定デカい手に手首をがっしりと掴まれ、逃走の断念を余儀なくされた。
「…イテーんだけど。」
「すみません、相変わらずで安心しました。」
「あ、ちょっおい!」
そのままグイグイと腕を引かれ、相変わらず「すみません」の意味を理解してねぇなと現実逃避をしている間に周りで歓声が上がった。
「氷室先輩、お久しぶりです。」
「すげー本物?」
「ひっむろ〜!久しぶり!」
一つ下の後輩は分かるがその下は分からない。好奇の目で見られるのには生憎と慣れてしまったので、適当に返事をして席に着くも、駄犬はまだ手を離そうとしなかった。
「おい、いつまで握ってんだ離せ。」
小声で言ってぶらぶらと手を振るが、一向に離れることのない手。
メニューを広げられたが、そっちに集中できない。
どうしたもんかと、ちらりと見上げた顔にギョッとした。
「ちょトイレ行ってくるわ、わりーけど適当に頼んどいて。」
「本物あんな感じなんだー」とか「大変だな氷室」とか、絶対分かってて飲ませた奴の科白を聞き流してやって、後輩の冷たい手を引きトイレに向かう。周りの喧騒が少し薄まったと思った瞬間、息が詰まるような圧迫感が襲って来た。
「先輩、」
「ちょおまっ死ぬって!」
「先輩、氷室先輩…」
「わぁったから離せ、って…」
拒否の言葉が尻すぼみになったのは俺の苦手なものが俺の肩を濡らしたからで、こうなるとお手上げなことをよく知っているからだ。
「先輩、先輩の嘘つき…俺、俺頑張ったのにっ…」
「…悪かったって、ごめんな。」
「思ってないでしょ…もう先輩嫌いっ…」
嫌いな人間を抱きしめてそんなに切ない涙を流すお前はなんだよ、と聞くのは少々野暮だろう。特大の男が一回り小さい同性を抱きしめてぐずぐずと泣いているという絵面はどうなんだ、と思わなくはないが、約束をすっぽかして久遠に騙された俺が悪いのでなんとも言えない。
「後でいくらでも聞いてやるから、しんどいだろ?」
「嫌、先輩の前で、そんな…」
「はっ今更だろ、忘れたか?強化合宿2日目、ほら行ってこい。」
個室に押し込んで扉を閉めてやり鍵のかかった音と共に扉から離れる。苦しいくせに俺が先かよ、と汚い天井を仰ぐと誰かの気配を感じた。
「お疲れ〜」
「おぉ、お疲れ。何杯?」
「大4の小3〜」
「マジか、バカじゃねえの?」
「お前のせいじゃん氷室〜俺めちゃくちゃ言われるんだぜ?」
「…悪かったな。」
「まあいいけど、お前はさもうやる気ねーの?」
「ねーよ、日本と世界相手に今更やれるとも思ってねーし。」
「ははっ王様も廃れたねぇ」
そう、言うだけ言って去っていく久遠もだいぶ飲んでいるらしい。
これは俺今日飲めるのか?と考え始めると、同時に腹の虫が鳴き、そういえば今日昼抜いたなとどうでもいいことを考えて、空腹を訴える腹を宥める。
「先輩…」
「…お前それ誤魔化しようがねぇな、とりあえず水買ってくるから待─────おい、」
「行かないで、行かないでください…お願い、します…」
俺の袖を掴む力も、引き留める声も、小さくて弱い。
こいつをこんなふうにしたのが俺だと思うとやりきれない気持ちになる。
昔から一人が怖いこいつと、そんな感情は母親の腹の中に置いて来た俺では解ってやれることの方が少ないのだから。
「…わぁったよ、ちょい汚ねぇけどそこで顔洗って口濯げ。」
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