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「お仕事の帰りですか、それとも夜遊び?」 「両方ですよ」根掘り葉掘り職質されるとまずい。安藤はわざときょとんした顔を演出した。べらべらと噓っぽい話をしても見抜かれるだけだから、沈黙を通した。 「そうですか。このあたりは物騒です。どうぞ気を付けてお帰りください」  警官はそれだけ言うと引き下がった。だが、安藤は安堵しなかった。警官は職務上必要な情報――安藤の特徴――を写真のように記憶として焼きつけたに違いなかった。  裏組織の情報伝達は早い。  地元の反社会的勢力も犯人の捜索に加わったようだ。安藤の嗅覚は敏感だった。ヤバい追手がいるのは確かだった。タクシーを拾うのがセオリーだが、警察は新宿界隈のタクシー運転手全員から不審者の乗降を聞きだすだろう。  安藤は暗がりから暗がりへ歩き続けた。 「ねえ、おにいさん。遊んでいかない?」新宿2丁目付近まで来たとき、植え込みの陰から呼び止められた。濃い化粧と暗闇のせいで年齢は見当もつかない。ただ、春をひさぐ女には違いなかった。安藤が断ろうとすると、意味深なことを言った。 「おにいさん、わけありだね。休んでいくといいよ」 「あ?」 「おいでよ。悪いようにゃしないからさ」声のトーンからして若くはなさそうだ。四十歳、いや五十近いかもしれない。「あたしの誘い、断ろうってのかい? だとしたら、あんたは大馬鹿のマヌケのインポ野郎だ」 「そこまで言わなくていいだろ」安藤は苦笑いした。「だけど、婆を抱くつもりはねえよ」 「酒ぐらい飲めるだろ」女は低い声で笑った。「おいで」  安藤は賭けてみることにした。とりあえず、時間稼ぎができればいい。  女のあとについていく。女はこじんまりしたバーの前で立ち止まった。 <よしの>という小さな行灯が、店の前で細い光を放っていた。白地のランプにピンク色の<よしの>の文字が淡く浮き立っている。
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