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1話
日本最後の乱世となる幕末期-
・・・
その動乱の時代に生きる人々の物語・・・
国は江戸を中心に藩と言う小規模な政治組織を統括する幕府という存在によって治められていた。本州の西国に位置する長州藩。現在の山口県一体がそれにあたり、その頃庁舎を置いていたのは現在の萩市であった。
市の北、日本海に面した場所に一つ城の後が残っている。
萩城(指月城)は今でこそ城壁だけの静かな庭となっているが、当時は立派な造りの城が建っており城下町もにぎやかに栄えていた。
話はその城下町より少し南に下る平安古の方へと移る。
幕府の権威が次第に弱まってきた頃、萩のある医家に一人の青年が住まっていた。彼の名は久坂玄瑞といった。この頃の彼はまだ町の秀才な学生に過ぎなかった・・・。
その日久坂は何時もの様に明倫館での講義を済ませ帰宅する所であった。いつも歩いている平安古の細い路地から、音が小さく聞こえてくる。
(なんだろう・・・?)
久坂は音を逃すまいと耳を澄まし、遂には足を止めてしまう。彼は日頃から些細な事でも興味深く囚われてしまう所があった。
ここでも例外なく僅かな関心抱かせたこの音に囚われてしまったようだ。晋作あたりが聞いたら
「ほっときゃいいのに・・・」
とぼやかれてしまうだろう。
そんな台詞を吐くであろう男との出会いはまだ先のことだが。
音のする方向へ近づくにつれ、その正体が明かなものとなってくる。どうやらこは・・・詩歌のようだ。
声は低く落ち着いているところから間違いなく男性のものと思われる。更に関心が強くなる。
しかし、近づいてよく詩を聞いてみるにこの詩は時勢を歌っている様に聞こえる。
久坂はこの声の主を知ろうと、門戸を叩いてみた。
「御免ください。主殿は居られませんか?」
先程まで続いていた詩歌はパタと止み、一瞬の沈黙が訪れる。
久坂はそれでもこの家の主と思しき人に話を聞きたくて話を聞いて欲しくてもう一度声をかけた。
「私はこの辺りの医家に居る久坂と言うものです。どうか居られるならばお返事ください。」
久坂の声は、詩吟でも久坂流と言われ後まで残るほど有名で兎に角深く澄んだ声色である。2回目の呼びかけに又も沈黙が訪れる。
もう駄目かなと流石に諦めの表情を見せた久坂は、1歩後退し立ち去ろうとした。
その時、彼の直ぐ後ろ、つまり家屋から人の声がした。
「申し訳ない。貴方の声が余りに深く澄み切って居られたので何処ぞの貴人様かと思いました。見ての通りあばら家故、どの様に出迎えたものかと思いあぐね・・・いや、失礼致しました。」
突然背後から掛けられた声に正直驚き心の臓の脈拍が上がっていた久坂は、慌てて声の主の方へ振り返った。
背後の人物は背格好は小さいが、割と均整の取れた容貌の持ち主であった。
ただ、その男の存在を外見より遥かに大きく感じさせているのものがある。
男の切れ長な黒瞳の、僅かに憂いを帯びてはいるが、その奥にある強固な意志の深さであった・・・
久坂はその強い目から目が離せないでいた。そんな彼には一向に気付かない
屋敷の主と思しき男は、口元にかすかながら笑みを湛えてこういった。
「宜しければ久坂殿。無礼のお詫びに拙宅で茶の湯でも如何ですか?」
その思いがけない台詞に、ぼんやりしていた久坂ははっと意識を男の声に引き戻した。
「え?宜しいのですか?私の様なものが、貴方の詩吟を手繰って来ただけの若造ですよ」
「いやいや、お恥ずかしい。アレは私が暇つぶしに作った詩歌に過ぎません。ささ、どうぞ」
あれこれと言い訳を並べながらも久坂は結局男の進めるままに室内へ通された。
門を潜り抜け、玄関から部屋へと通される。
通る先々で様々な書物に出くわす。
この男、本当に興味深い。これだけの書物に囲まれてはいるがその全ては
自分達と同じ学者になるための学術書に過ぎない。
でも確かに詩歌から聞こえたは、そんな学術の本では生み出せぬ大きな言葉であった。
「さ、こちらへどうぞ。久坂殿の事は実は前々から知っておりました。町の秀才と評判高いですからね。」
男は穏やかな口調で話す。
「それは・・・恐縮です。私のことをご存知とは。そういえば、まだ貴方の御名前を伺っていなかったですね?」
久坂は先程から引っかかっていた、男の名前を聞いてみた。
「ああ、これは失礼した。私は山県源太郎と申す者です。」
「では、山県殿。早速で申し訳ないが少しお尋ねしたき事が御座いますが、宜しいですか?」
「ええ、構いませんよ。」
山県は静かに願い出る久坂の申し出に快く応じてやると、次に来る言葉を待った。
「・・・私が本日こちらへお伺いしたのは、先程吟じられていた詩歌の内容を詳しくお話いただきたかったからに他ありません。」
久坂は山県に先程の詩歌の事を聞きたかった事を隠さず話す。
「私は城下で今まであの様な詩歌を吟じられる方を見たことがない」
「・・・・・・だからこの変わり者の詩吟に関心抱かれたのですな?」
山県は突然の訪問理由に顔色一つ変えず、むしろうっすら笑みすら浮かべてそう言葉を繋げた。
「い、いえ!変わり者などとは!山県殿は何故あの様な詩を?」
慌てる久坂に笑みを浮かばていた山県は何故と問われて急に真面目な表情に変わる。
「久坂殿、君は今の世をどう思われる?私が歌っていた詩歌から何か感じましたか?」
彼は突然の問いかけに先程聞こえてきた詩歌の記憶を手繰ろうとしていた。
「まるで・・・余り表立って高らかには言えませぬが、まるで今の幕府の政を否定する様に聞こえましたが。」
久坂は声を潜めて静かに告げた。
「そう。今の幕藩体制では、この国は西欧諸国に食いつぶされてしまうだろう。今立ち上がらねば、取り返しつかぬ事になろう。」
「しかし、立ち上がると言っても、どの様にして?」
久坂は山県へもっともらしい事を返す。
「うむ。今一番革命に必要なのは個々の意思を強く持つことか。少なくとも今
の幕府や藩に頼っていたのでは何も変えられはせん。」
「・・・」
「私はたった一人でも戦う覚悟がある。あの詩歌はそれを歌ったものだよ。」
「・・・」
それを聞いた久坂は暫く畳に視線を落として考え込んだ。
(随分大きな思想ではあるが。しかし、やらねば何も起こせない・・・山県殿の言う事も道理)
「山県殿・・・確かに貴方のおっしゃる通り、今の政治体制では世の流れは良い方へは動かない気がします。誰かが起点となって動かさねば何も変化はない。」
「お解かりいただけましたか。」
「ただ学業に打ち込むも良いが、私も今ここから自身の改革を行い果ては日本の革命に繋げたく存じます。」
「ならば、まずは人を集めねばなりませんな。貴方は一人で動いてはならない。」
「はい、その様に致します。山県先生、本日はお教えいただき有難う御座いました。」
「ははは、久坂殿私は先生などと呼ばれるほど立派な事は言ってないですよ。」
ヒラヒラとおどける様に手を振り相貌崩し山県はそう宣った。
この日、2人が出会い話したことがやがて国を大きく動かす事になるとはまだ知る由もない・・・・・・。
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