再会の迷宮

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
狭い。 苦しい。 歩くたびに手足や頭を壁にぶつける。 もう眼はほとんど見えていない。 鼻ばかりが効いて息苦しい。 歩みを止めるとどこかで。 何かの。 音がしている。 出口のない迷宮。 時折見つける“食糧”。 行き止まりの袋小路で床に転がるそれらは、私の手足に酷似していて。 半分生きたそれを食っては、彷徨い続ける。 観測者に見られている。 これは実験なのだろう。 出口がないのは分かっている。 それでも私の生存本能は、歩みを止めてくれない。 時折、発作のように狭い通路で手足をばたつかせる。 身体が変な方向に捩れる。 狭い通路の中で身体が挟まって動けなくなる。 それでもさらに暴れ続け、やがて奇跡的に頭が上に、足が下に戻ることがある。 そうしてまた、通路を進まされる。 身体を酷く震わせながら角を曲がり。 私はあなたと、また会ってしまった。 迷宮に放たれた私は、あなたと会うのは指おり数回目だった。 最初は、ただ、すれ違った。 お互い面倒なことに巻き込まれたものだと。 早く出口を見つけてそれぞれの住処に帰りたいよなと。 そんなことを考えていた。 次第に出口が見つからないことに焦り、空腹に苛まれるようになると、食料を奪い合った。 食料にありついているところを背後から襲い、横取りした。 返り討ちにあったことも。 横取りし返されたこともあった。 次第に周囲を警戒し、聞き耳をたてながら食うようになった。 微かな物音にも警戒し、匂いがすれば逃げた。 あなたの匂いはとても強く香った。 しばらくして気づいた。 あなたは食料を見つけた時、わざと残していることに。 あなたの唾液の染みついた食料を、無心になって腹に詰め込みながら。 なぜそうするのか分からない。 でも、この迷宮にあなたと私しかいないのだと気づいてからは、私も全て食べず、半分残していくことにした。 あなたの歩く音がすると、その音をずっと聞いていた。 ある時、私が空腹で動けなくなったところへ、あなたがやって来たことがあった。 あなたは食いかけの食料を私の前に置いた。 私はそれを食らい、あなたはそばでそれを見ていた。 やがてあなたは私の身体に寄り添い、ボロボロの翼で私を覆うようにして眠った。 目が覚めるとあなたはいなくなっていた。 それから私は、あなたを避けるようになった。 あなたの匂いに空腹を感じるようになったからだ。 時々、あなたの匂いが強くなることがあると、私はそこで無理やりに向きを変え、逆方向へと逃げた。 本能に逆らって来た道を引き返してきた。 あなたを食うのだけは嫌で、逃げ続けた。 出会うたびに向きを変えて。 空腹を、自分の爪を噛んで耐え忍んで。 いつ。 いつ私は、あなたを食うだろうか。 乾いた腕と足。 翼はとうに自分で食った。 いつかこの迷宮から解放されるとしても、もう空を飛ぶことは叶わない。 透き通る青緑色に輝いていた翼は、食った時には折れて光沢を失い、なんの味もしなかった。 逃げて。 逃げ続けて。 ふと思いついた。 あなたに食われる方が、幸せだろうか。 歩く力も失い。 通路に立ち止まり。 この眼に映るはずのない大空を見上げ。 そんなことを考えていたら。 匂いにも音にも気づけなかった。 あなたに、また会えた。 そう気づいた時には。 あなたの匂いに包まれて。 喉元に、牙が突き刺さっていた。 終
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!