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「いらっしゃいませ!」 右側の自動ドアから 老人のお客さんが入店すると同時に 高崎 茜が ハキハキとした明るい声で 接客の声がけをする。 「いや〜、茜さん今日も元気がいいねぇ」 すぐ目の前でお菓子の陳列をしていた 店長の渡辺 通が 茜の接客態度を褒め讃える。 店長はオシャレ志向が強いせいで 髪型のセットに異常なまでに こだわりを見せており いつも洒落た七分分けヘアを 整えている。 今日もワックスのスプレーでガンガンに 固めているのか 所々、不自然な固まりになっている 髪の束が目に入る。 「いえいえ!もっと頑張ります!」 「茜さんが来てくれたお陰で、ウチの店内も活発化した感じがするよ!ありがとね!」 店長は満更でもない表情を浮かべて そう言うと 新発売した揚げ塩ポテチの袋を 綺麗に並べ始めた。 高崎 茜は この「オールデイ・マート」に バイトとして入って早3ヶ月だが 愛嬌がよく 誰に対しても、人懐っこく接してくれるため 先輩からもよく可愛がられており 休憩室では茜の周りに 先輩達が群がってワイワイと談笑していることも多い。 また常連のお客さんとも レジ前で軽く話しを交える事も よく見受けられ その度にニコッと アイドルのような輝かしい程の 笑顔を見せて接客をする。 順風満帆で好調なバイト生活に 茜は日々、オールデイ・マートに 行くのがもはや生きがいになっていくほど この環境が天職であると 心の底から感じていた。 また、店長から 新しくバイトの子が入ってくると 聞かされたのも 茜が仕事をするモチベーションの 1つとなっている。 何にせよ、茜は後輩を持つのが 初めてで、今からドキドキワクワクして その日を待っているのだ。 「すみません、お願いします」 先程入店した老人が 醤油味ののカップ麺を1つレジ前に 置いた。 「いらっしゃいませ!」 カップ麺の横に付いている バーコードをスキャナーで読み取る。 「袋は入りますか?」 「いや大丈夫」 「かしこまりました!1点で150円になります!」 一連の流れも茜にとっては もう身体に染み付いているので マニュアルを見なくとも 流暢にこなす事が出来る。 「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」 ここに関しては 茜のアドリブでつい最近から 使い始めているのだが 勤務姿勢が評価されているお陰で 職場の人や店長も何も言うことなく むしろ、自身の接客へ 積極的に取り入れている位に 茜はオールデイ・マートに 貢献しているのだった。 「お待ちのお客様こちらにどうぞ!」 老人の後ろに並んでいた 1人の男性に声をかけた。 その男性は深くキャップを被り 顔こそハッキリとは見えないが 梅おにぎりを1つ レジ前に置いた。 茜はいつもの如く接客を始めた。 「レジ袋はいかがしますか?」 「要らない」 「かしこまりました!1点で120円になります!」 男性は予め手の平の中に握っていた 120円ぴったりをキャッシュトレイの中に 入れた。 「120円ちょうどお預かり致します!レシートはいかがしますか?」 「要らない」 「かしこまりました!またお越しくださいませ!」 男性は梅おにぎりを片手に持ちながら そそくさと立ち去るように 自動ドアをくぐって外に出た。 茜はこのところ違和感を覚えていた。 それもさっきの男のお客さんに対して。 無愛想で嫌な印象だなという 事が原因では無い。 何かが引っ掛かるような胸の仕えがある。 どこかで見たことがあるような…… でもハッキリと思い出せない…… 数々の記憶の中から 該当する物を出そうと頭を捻っていると また1人 レジに並びだしたので 「お待ちのお客さまこちらへどうぞ!」 と活気だった声をかけて 茜は忙しなく続く業務へと 意識を戻したのであった。
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