愛情は感じるもの

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 車は亜純の恐怖に反して通過していった。それにより一気に肩の力を抜いた。全身の強ばりから解放され、安心感からその場にしゃがみこんでしまいたかった。  しかし、そんなことをしている場合じゃない。とにかく早く家に帰らないと。そう思ったところで通り過ぎた車がバックしてきたものだから亜純は心臓が止まるかと思うほど驚いた。  車種は見ていなかったから、やっぱり悠生だったのかも……と絶望を感じた。その矢先に「亜純?」と見知った声が聞こえて再び脱力することになったのだ。  千景の顔を見た時には一気に救われた気分になった。思わず涙がこぼれて、ようやく素の自分に戻れた気がした。  美希といた時も大丈夫だと気丈に振舞った。家に着くまでは気を抜けないと悠生への恐怖をなるべく振り払った。  けれど、千景の顔を見た途端全てどうでもよくなった。千景がいれば大丈夫。そう思わせてくれる何かが千景にはあった。  彼が真っ直ぐ自宅に送ろうとしなかったことも、無理に理由を聞き出そうとしなかったこともありがたく感じた。  おそらく千景の反応から、亜純が送った音声を聞いてはいないのだろうと思えた。音声を聞いて駆けつけてくれたのかと思っていた亜純は、千景の登場に心底感謝してたが千景の反応を見て今更ながらあの音声を聞かずにいてくれたらいいのにと思った。  お腹が空いたからコンビニへ寄りたい。そう言ったのは、一旦1人で考えたかったからだ。千景は亜純のピンチを知らずにたまたま家まできたのだ。そして悠生との音声は聞いていない。  これからそれを聞いたとして、千景はなんて言うだろうか。怖かったねと慰めてくれるのか、大して信頼関係が築けていない内から付き合ったりするから……と呆れるだろうかと千景の言葉を想像しては憂鬱な気分になった。
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