629人が本棚に入れています
本棚に追加
/236ページ
「いや、余計な話だったな。せっかくの美味い酒が不味くなる」
俺が俯いてしまったせいで気を遣わせてしまった。世間知らずな自分が恥ずかしいだけで、井口さんの話を聞くのが嫌なわけじゃなかったのに。
「あっ、いや、そんな──」
慌てて弁解しようと口を開いたその時。
「お待たせいたしました」
注文していた料理が届きそれ以上は言葉にすることができなかった。ちゃんと説明したいけど、スタッフさんがいなくなるのを待ってからわざわざ言い直すのも不自然だよな。
もう乾杯するような雰囲気でもなくなってしまった。変に取り繕ったりしないで、素直に「知らなかったです、教えてくれてありがとうございます」と言えていたら、今頃笑ってワインを味わえていたかもしれないのに。
一度はテーブルに戻したグラスをまた掴んで、とりあえずワインをひとくち。その瞬間、他のお客さん達の声でかき消されそうなほど小さい音だったけど、井口さんの声が聞こえた気がした。
「お前なぁ、これから乾杯しようってのに先に飲むなよ」
「えっあっ、すみませんっ、もう終わったものかと思って……」
「まだしてねえだろうが。まぁいいや。そんじゃ改めて」
さっき教わった通り、グラスを掲げるだけの乾杯をする。
途中で遮られた時点でそのままなかったことにしてもおかしくなかったのに。それでも乾杯しようとしてくれたことに俺の頬は赤く染まりそうだけど、もう気にしなくていいか。今ならこのオレンジ色の照明とワインのせいにしてしまえそうだから。
最初のコメントを投稿しよう!