好みのタイプど真ん中

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好みのタイプど真ん中

 冴木は珍しく顔を赤らめている。怒っているようにも見えるが、しかしその漆黒の瞳の中にたしかに喜びの色がある。それを見て、桃野はホッとし、同時に嬉しくなった。 「えーと……三年前、冴木くんが働いているお店に、ぼくがお客さんとして行ったことが全ての始まりで――……」  桃野は順を追って話し出した。  三年前、冴木がアルバイトしている店に行き、千切りキャベツの件で謝られたこと。  その時に一目惚れしたこと。  しかし店が繁盛したせいで、なかなか会えなくなってしまったこと。  その頃には完全に冴木に恋をしていたこと。  そして運命の雪の夜、冴木に再び巡り逢ったが、しかし彼は桃野のことを覚えていなかったこと。 「――ここからは冴木くんの知っている通りだよ。ぼくは酔い潰れたきみを拾い、介抱した。そして嘘をついて、架空の三角関係を作ったんだ。……きみにまた逢いたくて。そして今までずっと、都合のいい関係を続けてきたんだよ」  全て話し終わるまで、冴木は黙って聞いていた。そして長いながい溜息をついた。 「……ずっと引っかかってたんです。俺、桃野さんのこと前にどこかで逢ったような気がしてたんですよ……。そうか、あの時の……。あの時の、かわいい笑顔のお客さん。俺の、好みのタイプど真ん中の、あの人。あれ、あんただったのか……」 「思い出した?」 「ちゃんと覚えてますよ。俺、アルバイト始めたばっかで、あのミスしてへこんでました。でもあんたが優しく許してくれて、俺の作ったみそ汁を『実家の味』って褒めてくれて、嬉しかったんです。――また逢えればいいと思ってました。でも、店が忙しくなって、俺もホールに出られなくなって……。たった一回話しただけだから、記憶もぼんやりしてくるし……。正直もう逢えないと思っていました」  冴木は歩きながら語り出す。 「そうなんだ……」 「そうこうしてるうちに、真琴に彼氏が出来て、俺はお役御免となりました。それが意外とショックで――ここらへんは七夕ん時に詳しく話しましたけど――、俺は自暴自棄だったんです。毎晩ノリの軽いやつらとクラブで遊んで、浴びるように酒を飲んでいました。けれど、そんなことやっていたら、とうとう酔い潰れてしまって……。あんたのアパートの前で立てなくなってしまいました。そこに桃野さんが現れたんです。俺はアルコールのせいで気持ち悪いし、頭はいてえしで、最悪でした。あんたに介抱してもらって、正直助かりました。……でも、帰り際に『身体で慰め合わないか』って誘われて、ぶっちゃけ迷惑だと思ったんです。面倒だなって。その時は桃野さんがあの時のお客だなんて気がついていなかったし、行きずりの相手とヤって、病気をもらうのも怖かったんです。けど、介抱してもらった礼をしなくちゃ、とも思ったんで、了解したんですよ」 「そんな風に考えていたんだね……」
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