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武士たちが起こす戦いは、国を良くするためのものだと言う。
だが勝者が誰であろうとも焼かれた家は戻らぬし、殺された命は帰らない。これから良い世の中になると声高らかに歌われて、喜ぶことができる者は幸せである。
その辺りは激戦の地となった。何日か前に戦いが勃発し、大砲がとどろいた。
ときの声があちこちから上がった。もう侍たちは、そこに無関係の者がいようが関係なく、戦いしか見なかった。
白刃が落日の太陽を受けて赤く光る一方で、パンパンパンと、鼓膜を破るような鉄砲の音が響き渡った。
将軍を倒さねばならぬ者たちと、将軍の世を続けようとする者たちの間の戦いは、ただ明日の食べ物のことだけを考えているような者達の上にまで襲い掛かった。
川は燃え上がり、甲冑を纏う屍がいくつも投げ込まれた。
馬もろとも裂かれて地べたに横たわる男にも、家族はあったろう。片腕と足を失い、母の名を呼びながら絶命した男もいた。母は今頃、故郷で息子が凱旋をあげて戻るのを待っているはずだ。
戦いが別の地に移った後、都は惨憺たる有様であった。
無残に焦げた建物や、かつて美しかった並木がぼろぼろに折れたり焼かれたりした様。そして、荒野と化した町には戦士たちの亡骸が、あちこちに重なっている。
その多くが、どこかの藩の若武者であり、身元を探されている者である。
だが、中には、どう見ても武者ではない、明らかに巻き添えを食った者の惨めな躯も混じるのだった。
「こっちは薩摩じゃ」
「これは土佐か」
「会津じゃ」
戦いの跡地では、下っ端役人どもが遺体を片っ端から整理し、身元を特定しようと躍起になっている。
藩ごとに分けられ、死体は次々に運ばれてゆく。あまりにも無残な姿なので見るに堪えず、上に筵を被せて運ぶのだが、だらりと土色の手が垂れた。
その中で、いつまでたっても放置される死体たちもある。それらが、巻き添えを食った哀れな者どもなのだった。
「ふん、女か」
と、その死体も何ら興味を示されぬまま、放置される。
赤茶の着物を纏い、乱れた髪の毛が顔を覆い、生前の面影を偲ぶこともできない。
一方で、かあちゃん、かあちゃんと細い声で泣く子供の声が薄く聞こえた。
役人たちはその声に気を留めることはなかった。ただただ、死体の身元の特定に追われていたのである。
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