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それでも生者は、事実を受け入れて前へ進まなければならない。陽翔が自身のトラウマを乗り越え、彼女のために切り開いた未来を。
陽翔に同行した桜爺の話では、桐原の部屋で自分の遺体の一部を見つけた陽翔は、相当なショックを受けて一気に霊としての姿が消え始めたのだそうだ。
そして最期の力を振り絞り、ひまりから借りていた本のことを伝えると、「これで犯人捕まえられるよね」と言って微笑みながらこの世から消滅したのだった。
この事実を彼女は知らないだろうが、彼の勇気を決して無駄にしてはいけない。陽翔は死してもなお、ひまりを守ったのだから。
この世で恐ろしいのは、目に見えない幽霊や異形の存在だけではない。異形の頂点とも言える“鬼”のように恐ろしい存在は、人間の中にも存在するのだ。
そしてそれを作り出すのもまた、人間なのかもしれない。
だが、死してもなおひまりと陽翔のような強い絆が築けるのもまた、人間の御業であると忌一は信じたかった。
陽翔と出会った頃に散り始めていた桜の木は、もう殆どが花びらを残していない。それはまるで桜の花びら自体が、陽翔の残り僅かな時間を表していたかのように。
その残り少ない花びらが、悲しみに暮れるひまりの頭上へと優しく舞い落りていくのであった。
<完>
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