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“母さん”は生みの親ではない。
父親が2度目の離婚をした後、再婚したのは別れた元妻だった。
彼女は、子供を欲しがっていたそうだが、妊娠を望めない体だった。
だから星野家に残った茜を、我が子のように可愛がり育ててくれた。
茜にとっての母親は、彼女ひとりだった。
「元気にやってる?」
「うん、元気だよ」
茜は答える。
父親に言われたのか、彼女はカフェが順調かどうかをしきりに聞いてきた。
「順調だよ。だから、会社を継ぐ気はないよ」
「…そう」
母親は返事に詰まる。
やはり父親の頼みか、と思いながら茜はスマホを持ち替えた。
「今、新作のレシピを考えてるんだ。だから――」
切るよ、と言いかけた時、母親が移動する足音が聞こえた。
暫くして、
「あのね。父さんは普段言わないけれど、会社の人に頼んで茜のお店のコーヒー、毎日飲んでるのよ。美味しいって絶賛してるわ。…だから、会社のことは気にせず頑張りなさい」
と小声かつ早口で母親が言った。
茜が言葉を理解するより早く、彼女は「言いたいことはそれだけ」と電話を切ってしまった。
茜は、電話相手のいなくなったスマホを耳に当てたまま、母親が言い残した言葉を頭の中で繰り返した。
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