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(1)初めての彼氏
大学に入って初めての彼氏は、バイト先のコンビニで知り合った多摩理科大学1年の霜川浩市だった。
「霜川君は、一人暮らしなんだよね。いいなぁ、うらやましいよ」
「そうかな?いろいろと大変だよ。実家が岡山だから、仕方ないけどね。今度、遊びにおいでよ」
「どこへ?岡山?それとも、今住んでる所へ?それって、危険な発言じゃないの?」
汐梨の遠慮のない突っ込みが、何を意味するのかに気付いた霜川は顔を赤くして、
「そ、そんな下心はないよ!だったら、付き合おうか!それなら、問題ないでしょ」と告白してきた。さすが理系の論理だと感心した汐梨は、その場で交際を承諾した。
夏休みの2か月間、二人はバイトのシフトを合わせたり、帰りに待ち合わせしたりして毎日のように会っていた。始めの内は帰り道を共にする程度だったが、次第に食事を一緒にするようになっていった。
「もうすぐ夏休みも、バイトも終わりだね。何か寂しくなるな!」と汐梨がぼやくと、
「これからも会えるよ!そうだ、バイトの打ち上げをしようよ!」と霜川が誘いを掛けた。
「いいね!どこで?霜川君の家にしようよ!遊びに行く約束、まだ果たしてないし」
霜川は汐梨の提案に苦笑いをしたが、頭の中では妄想を膨らましていた。
当日はバイトを早めに上がらせてもらい、コンビニで飲み物と食べ物を買い込んだ。
「あれれ?これから二人で、どこへ行くの?もしかして、二人は付き合ってるの?」と声を掛けて来たのは、同じバイトの先輩だった。日頃から汐梨にモーションを掛けていて、霜川は嫌っていた。
「先輩には関係ないんで!いろいろとお世話になりました」
「そうか、汐梨ちゃんは霜川のものになったか。どこまでやったの?」と下世話な事を訊かれ、霜川は腹立ちを感じた。虫の居所が悪い彼は、家までの道中でそれを汐梨にぶつけた。
「ああ、ムカつく!雨宮さんは、あの先輩と仲良くしてたけど、言い寄られた事があるんじゃないの?」
「どうしたの?いつもの霜川君じゃないみたい!確かにデートに誘われた事があるけど、ちゃんと断ったよ!仲良くしてたのは上辺だけで、何にもないよ!もしかして、妬いてるの?」
霜川は汐梨に「好きなのは霜川君だけだ」と言われ、家に着く頃には機嫌も直っていた。
「へー、ワンルームと言っても、結構広いんだね」
「うん、まあね。どこでも適当に座って。飲み物を用意するから」
「ありがとう!ちゃんとキッチンもあるし、お風呂はユニットバスかな。見てもいい?」と汐梨はやや興奮気味に、部屋の中を見分していた。ベッドの下までのぞき込んで、
「エッチな本とか、隠してないんだね!霜川君って、真面目?」と上目遣いに訊ねた。
「何それ?一人暮らしで、隠したってしょうがないでしょ。雨宮さんは、男子の部屋は初めて?」
「ううん、高校の時に付き合ってた子の部屋に、行った事があるよ。こんなにきれいな部屋じゃなくて、ぼろぼろの畳で万年床だし、男臭かったな。霜川君はきれいにしてるよね」
なんの屈託もなく話す汐梨に、霜川はムッとして、
「雨宮さん、彼氏がいたんだ。どんな人?」と冷たい口調で訊いていた。
「うん、ラグビー部の子と一年ぐらい付き合ってたかな。でも今は別れたから、霜川君だけだよ」
そう言いながら、汐梨は初体験の相手である氷室雷太を思い出していた。こちらから仕掛けなければ、手をつなぐ事もキスする事もためらっていた点は、今の霜川とそっくりだと思った。
「ところで、霜川君は彼女いたんでしょ。どんな子?美人、それとも可愛らしいタイプ?」
「そんなのいないよ!田舎だし、男子校だったし、雨宮さんみたいに進んでないから」
霜川の精一杯の嫌みに汐梨は、正直に言うのが誠意ある態度だと思っていたが、そうではない事にようやく気が付いた。しばらく会話も途切れ、気まずい雰囲気が漂っていた。
「そろそろ帰ろうかな!わたしたち、これからどうなるのかな?付き合ってるんだよね」
「そうだよ!雨宮さんは、僕にとって初めての彼女で、正直言ってどうしていいのか分からないんだ」
「そうかー!霜川君って、ホント真っ直ぐだね!彼女として認めてくれるなら、まずはキスだよ!」
汐梨の臆する事のない言葉に動揺しながら、霜川は止むにやまれぬ感情を抑え切れずに近付いた。そして、緊張のあまりに震える唇で、汐梨の口をふさいだ。
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