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ニンゲンが一定の割合で被ってきた不幸は、科学によって悉く駆逐された。
生まれてすぐに様々な新生児処置を施される現代の人類は、世間ではホモ・サクセスと呼ばれる。
生物学的構造は変わらないホモ・サピエンスだが、処置のあるなしで生態はもはや別物だからだ。
ホモ・サクセスは気候変動と環境汚染、食糧革命後の大量生産穀物などに難なく適応する。
食物アレルギーもほとんどなく、あらゆる感染症に抗体を持つ。
ただし、新生児処置が効かないのか、処置の副作用なのか、世界各国でとある問題がごく少数、しかし一定の割合で起こっているのだ。
狂った歯車の噛み合わせによって、生まれた時から運命付けられた地獄。
この子の場合は、決して満たされることのない、空腹。
「お腹すいた」
ポケットに入れていた飴玉を差し出すと、ひったくって齧り付く。
でも、意味のないことなのだ。
どれだけ食べても満たされない。
遊んでいる間は紛れても、また襲いくる飢餓感。
この子は、ずっとこの飢餓感に苛まれる。
「お腹すいたよ…」
自分の手を噛もうとするので、もう一度その腕を取る。
「疲れたろ。
おんぶしてやるから」
そうして背負って、眠るのを待つ。
食べても食べても、この身体は育たない。
むしろ、食べることの虚しさばかりが募るだけ。
走り疲れたのち、泣き疲れたのだろう。
眠りについたくうを連れて、家へ帰る。
「ただいま」
帰ると、くうの姉が待っていた。
「おかえり、見ててくれてありがとう」
くうは、まだ時々我慢ができず、空腹感に囚われて癇癪を起こすことがあるのだ。
その時のために大人がついている。
「居間に寝かせるね」
畳の上に転がして、半分に折った座布団を枕にしてやる。
「潔君、疲れたでしょ。
お昼できてるよ」
「ありがとう、ふみ」
住宅街に隣接する田畑の外れ。
大きな寺と墓地の背後を守るように小高い丘に森が茂っている。
その裏山の中に、その家はある。
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