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1.
柴本から返信が無いまま丸一日が経とうとしていた。
残暑厳しい8月末のことである。時刻はすでに夕方近いにもかかわらず、西に大きく傾いた太陽はじりじりとアスファルトを炙り続けている。
普段ならば夕方になれば帰ってくる筈なのに、夜が明けても帰ってこなかった。ルームシェアを始めて2ヶ月あまり。そんなことは初めてだった。
仕事で何日か家を空けることは何度かあった。けれども、その場合は通信アプリにメッセージを入れる約束を交わしていた。夕食は一緒に食べることになっていて、柴本が忙しいときにはわたしが準備する。せっかく用意したものを無駄にしないようにと提案してくれたのは柴本で、以来、昨夜まで破られたことはなかった。
一体どこで何をしているのだろう。
軽トラックの窓から外を眺めながら、つい溜め息が漏れた。
こんなことなら遠慮などせず、"蝶"を柴本の端末に忍ばせておけばよかった。後悔先に立たず。電波の届かない場所にある端末の在処を探るなど、失敗作と呼ばれたわたしには出来ない。
「溜め息ついてると幸せが逃げる。あーしも師匠からよく言われたッス」
そうですね、と相槌を打ちながら運転席を向く。
ハンドルを握る獣人――鬣犬族の女性は、ちらりとわたしの方を見て微笑んだ。
鬣犬族の女性らしく長身で肩幅の広い逞しい体躯。長く伸ばした髪を派手な色に染めて編み上げ、ピアスをいくつも付けているところに気の強さが窺い知れた。けれども目つきはとても優しく穏やかだ。
彼女、ブッチーこと拝渕恵南は、わたしの同居人を師匠と呼んで慕っている。
かつて荒れていた彼女に手を差し伸べたのは、他ならぬ柴本だったらしい。
そうして今や、汚部屋の掃除からヤバいヤツの片付けまで何でもござれを標榜する腕利きの掃除屋として名を馳せているとのことだ。
仕事を休んで家中を隅々まで引っかき回し、出て来た連絡先に片っ端からコンタクトを取る過程で、ブッチーさんもといブッチーと知り合った。
ルームメイトと連絡が付かなくて困っている旨を伝えたところ、すぐに駆けつけてあれこれと助けてくれたのだ。
ただ、今に至るまで手掛かりはまったく掴めていないのだが。
「もうちょっと頑張りましょ? 大丈夫、師匠はチビだけど頑丈で悪運も強いから」
ありがとう。
親指を立ててニッと笑うブッチーに、わたしは頷いて返した。
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