3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
今日も、山本が、出社していない。
(なぜ、誰も何も言わないんだ)
電話が鳴り響く。三コール以内で受話器を取らねばならないのが決まりだ。営業事務課は、電話を取ってなんぼの仕事だ。パソコンを触るのに忙しいからクレーム電話を取れませんでした、という言い訳は、うちの会社では、成り立たない。
「ありがとうございます、森熊製麺でございます」
ぎりぎり三コール目で受話器を取ろうとしたら、別の営業事務に取られた。あっと思った。
隣席の社員が変な目でこちらを見ている。
電話を取るマシーン。それがわたしだ。
あんた、ちょっと最近どうかしてる。そんなふうに目で語られた気がする。
確かに調子が出ない。休み明けから数日、また次の週末を迎えようとしているのに。
それはやっぱり。
(なぜ、山本は来ない。なぜ、山本が出社していないことを、誰も何も言わない)
あの、間延びした白い顔を思い出すと、どうにも居たたまれなくなる。
奴は、あのまま、あそこにいるのだろうか。
あんな山に行かなければ良かった。
ちょっと日常に疲れたし、ひとから聞いた癒しスポットに行ってみたかった。
「あの山はいいわよ。ただ気を付けなくてはならないのは、ちょっとパワーが強すぎるから、不思議なことに出会うかもネ」
などと、トレッキング好きな女子から言われたものだ。
不思議に出会うのか。
なるほど。不思議、不可思議。たしかに、珍妙な出来事だった。
しかし、どうにも気持ちが悪い。理屈が通らない。
こうして、山本がいない日が続いているのは、なんとも、奥歯にものが挟まったような感じだ。
(あああ、山なんかに行かなきゃよかった)
**
最初のコメントを投稿しよう!