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「ちょっと待て! 話せばわかる!」
しかし目の前の男は誰もいないロッカールームの壁に俺を押し寄せ、スーツのスラックスの上から下肢の中心を押し潰すように握りしめた。
その痛みに顔をしかめると目の前の男──恋人の佐伯真白──は色素の薄い茶色味がかった髪をそよがせ、いつも柔和でふわふわした人当たりの良いその上っ面を壊し、俺だけに見せる昏く首筋が寒くなるような瞳で射抜いてくる。
「これをあの女に突っ込んだの?って訊いてるんだけど? 僕は」
「突っ込んでない! 誤解だ!」
そう、まだ突っ込んでいない。
そんな返事をしたら俺はこの男に本気で殺されかねないから、とても口には出せないけれど。
「僕を裏切ったらどうなるかわかってるよね? 伊吹」
真白がますます俺の局部を握る指に力を込めて、引きちぎられるのではないかという痛みに眉根を寄せる。
指を解放してもらおうと真白の指に手を重ねるも、びくともしない。
「俺は裏切ってなんかない! 誤解だって!」
「じゃあ何で昨日、僕の電話に出なかったの? あの女が酔い潰れて送って行くだなんて、よくも僕の目の前で言えたよね? 伊吹の恋人は誰?」
確かに俺は昨日、新入社員歓迎会でこの春、俺たちの会社──白鳳出版──の編集部に経理員として入社してきた──南波まどか──が酔い潰れて介抱した。
でも、それはたまたま隣の席に居合わせたから申し出たまでで、俺が送って行くと言っても何ら不自然ではなかったはずだ。
実際、タクシーに乗せて呂律が回らない彼女に何とか住所を訊いて同乗したのみ。真白の電話に出られなかったのは、足元の覚束ない彼女を部屋の前まで送り届けるのに苦労していたからで。
折り返し電話をしなかった俺も悪いかもしれないけれど、俺もそれなりに酔っていて、帰ったら真白はもう眠っていたし、明日話せばいいやと安易に考えていた。
「俺も酔ってて……真白には今日、事情を話せばわかってもらえると思ったから……南波ちゃんとは何もない。これは嘘じゃない。俺は真白を裏切ってなんかいない」
真白が握りしめていたそれから、そっと指を離した。
「忘れないで? 絶対に僕を裏切らないって」
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