その執着、愛ですか?~追い詰めたのは俺かお前か~

1/52
449人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
「ちょっと待て! 話せばわかる!」  しかし目の前の男は誰もいないロッカールームの壁に俺を押し寄せ、スーツのスラックスの上から下肢の中心を押し潰すように握りしめた。  その痛みに顔をしかめると目の前の男──恋人の佐伯真白(さえきましろ)──は色素の薄い茶色味がかった髪をそよがせ、いつも柔和でふわふわした人当たりの良いその上っ面を壊し、俺だけに見せる(くら)く首筋が寒くなるような瞳で射抜いてくる。 「これをあの女に突っ込んだの?って訊いてるんだけど? 僕は」 「突っ込んでない! 誤解だ!」  そう、突っ込んでいない。  そんな返事をしたら俺はこの男に本気で殺されかねないから、とても口には出せないけれど。 「僕を裏切ったらどうなるかわかってるよね? 伊吹(いぶき)」  真白がますます俺の局部を握る指に力を込めて、引きちぎられるのではないかという痛みに眉根を寄せる。  指を解放してもらおうと真白の指に手を重ねるも、びくともしない。 「俺は裏切ってなんかない! 誤解だって!」 「じゃあ何で昨日、僕の電話に出なかったの? あの女が酔い潰れて送って行くだなんて、よくも僕の目の前で言えたよね? 伊吹の恋人は誰?」  確かに俺は昨日、新入社員歓迎会でこの春、俺たちの会社──白鳳(はくほう)出版──の編集部に経理員として入社してきた──南波(ななみ)まどか──が酔い潰れて介抱した。  でも、それはたまたま隣の席に居合わせたから申し出たまでで、俺が送って行くと言っても何ら不自然ではなかったはずだ。  実際、タクシーに乗せて呂律(ろれつ)が回らない彼女に何とか住所を訊いて同乗したのみ。真白の電話に出られなかったのは、足元の覚束(おぼつか)ない彼女を部屋の前まで送り届けるのに苦労していたからで。  折り返し電話をしなかった俺も悪いかもしれないけれど、俺もそれなりに酔っていて、帰ったら真白はもう眠っていたし、明日話せばいいやと安易に考えていた。 「俺も酔ってて……真白には今日、事情を話せばわかってもらえると思ったから……南波ちゃんとは何もない。これは嘘じゃない。俺は真白を裏切ってなんかいない」  真白が握りしめていたそれから、そっと指を離した。 「忘れないで? 絶対に僕を裏切らないって」
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!