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鬱蒼とした森の中を歩いていた。
すでに空には月が登っている。辺りには獣の気配以外はなにもない。カラスの鳴き声。風によって木々の揺れる音。
耳をすますと、川の流れの音がしたので、ぼくはそっちへと行った。
もう、かれこれ七時間はずっと歩いている。
車の事故だ。
それがここにいる原因だった。
幸い。
車がぶつかったぼくたちは無事。
だけど、ぼくはぺしゃんこになった車体と一緒に破れたガードレールから下へ落ちてしまった。打ちどころは悪くなかったようだ。ガードレールの下が森だったからだ。落ちる時に木々に挟まったり跳ねたりで落下の衝撃が驚くほどなかった。
でも、相棒のシチもいない。
いや、はぐれたんだ。
川の流れの音が強くなった。
近づくと、徐々に流れの音が激しくなって……。
川の水だろう。
その水が足元まできていた。
僕は急いで、川の流れの音から遠ざかった。
「ワン!」
その時、犬の吠え声が森の奥からした。
きっと、ペットのシチだろう。
必死に犬の鳴き声のところまで走る。
川の流れの音だけが後ろで大きくなって来た。
シチの吠え声も激しくなった。
「ワンワン!」
月明かりで見ると、シチは尻尾を振って涎を垂らしていた。
ぼくは呆れて……。
「ご飯じゃない!!」
シチの首輪がキラリと光る。
そこには、涎の付いた七の文字がついた去年買ってやったプレートがぶら下がっていた。
「こっちだ! シチー!」
「ワン!」
シチは尻尾を振って、ワンワン吠えながら喜んでついてきた。
ぼくはわけもわからず叫びたかったけど、我慢して森を抜けた。
丁度、大通りに出られたぼくは近くの建物に入った。
「あの! すいません! 川が氾濫を起こしそうなんです!!」
「なんじゃい? まさか……」
建物の中のテーブルにおじさんがキッチンナイフで玉ねぎを切っていた。
この建物は、どうやら小料理店のようだ。
「ぼうず。気にするな。あの音はな……越水(洪水が堤防を越えてあふれること)の音だ。もう間に合わないんだ」
「ええ!」
「でも、ぼうず。泳ぎは得意か?」
「ええ……」
「そいつはいい! じゃあ、玉ねぎ切るの手伝え」
「ええー!?」
シチは涎を垂らして喜んでいた。
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